石州亀山焼は島根県ふるさと伝統工芸品に指定された窯元です。生け花(いけばな)・華道・茶道愛好家に花器(フラワーベース)・花瓶や陶器を販売・通販しています。各種陶器を引き出物、内祝い、快気祝い、記念品、贈り物にいかがですか?心を込めてお届け致します。![]() |
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陶芸家 佐々木硯城、陶芸家 佐々木弘吉、陶芸家 佐々木和美last update 2010年2月4日石州亀山焼(せきしゅう かめやまやき)は島根県浜田市で作陶している窯元です。『亀山焼』という名の窯元は 古来日本各地に数件存在してきましたので、当窯では『石州』(せきしゅう)をつけています。 (島根県の西部地方は昔 石見国 いわみの国と言われ、世界遺産に指定された石見銀山で栄えた地方です。 現在では白イルカのバブルリングで有名になった島根海洋館アクアスがあります。 ) 石州亀山焼では、開窯当時より辰砂、炭化焼き締め、赤流し、青流し、黒釉、白釉、イラボ釉など様々な釉薬や技法 を使い作品を制作してきました。 2000年ごろより、炭化焼き締め花器や炭化焼き締めビアカップなどを多数制作販売してまいりました。 炭化焼き締めは、焼成時間が非常に長く作品すべてが窯変になるとてもやりがいのある焼き物です。 花器、ビカップ等を多く焼いてきました。 粉引作品は、多くの化粧土の研究開発をし作品を制作しています。 たくさんの山野草の絵を付けた花絵カップ(コーヒーカップ)や飯茶碗、だ円の花絵皿など非常に多くの品数を誇ります。 粉引作品のコンセプトは、『野の花による癒し』です。 お客様が当窯の作品を見て癒される、 触って癒される、使って癒される そんな陶器を作り続けていけたらと思い日々制作に励んでいます。 また同じ型の作品に違う釉薬を使い焼いていますので、さまざまな種類の陶器ができあがります。 2008年には、島根県ふるさと伝統工芸品に指定され、なおいっそう作品作りに精進して参りたいと思っています。 工房では店舗も併設して皆様のおいでをお待ちしています。 作品をたくさん展示しておりますので、有福温泉、美又温泉、旭温泉またはしまね海洋館アクアスにおいでの際には ぜひ遊びにおいでください。 アクセスマップ 毎日の営業時間は08:00〜18:00です。 休日は不定期ですので、遠方よりお越しの御客様は御電話をくださってからおいでください! 陶主 陶芸家 佐々木 硯城 (ささき けんじょう Kenjoo Sasaki)本名 佐々木 繁政 (ささき しげまさ) 1931年 4月14日生まれ小学校を卒業後陶芸の世界に入り、非常に厳しい修行時代を過ごす 福岡県田川市の上野焼十時窯白川家(あがのやきとときがま)で、25年修行研究上野焼古来の伝統と釉薬の秘法を体得 中央が佐々木繁政1971年(昭和46年)春帰郷、師匠白川甫硯氏が若き頃に使用された窯を継承 浜田市のお城である 旧跡亀山城(明治維新ごろに落城)にちなんで<石州亀山焼>と命名 以来、辰砂、焼き締め、赤流し、青流し、黒釉、白釉、イラボ釉など多彩な釉薬を使い、独自の技法をもって名器の 作出に努めております 1973年 島根県県展入選 1974年 島根県県展銅賞入賞 以後連続入選 1987年 新日美展入選 以後3回入選 1991年 新日美展入賞 1998年 新日美展島根県支部大賞 個展、グループ展多数 2008年 島根県ふるさと伝統工芸品指定 ![]() 陶芸家 佐々木 弘吉(ささき ひろよし Hiroyoshi Sasaki) WEB MASTER![]() お知らせ 2009年5月29日私の履歴の中で『 1992 愛知県立窯業高等技術専門校 陶磁器製造科卒業』と掲載しておりましたが 正しくは『 1991 愛知県立窯業高等技術専門校 陶磁器製造科卒業』です。お詫びして訂正致します。 この誤記載にともない今までの経歴を詳細に検証しております。 1963年 6月6日 島根県浜田市生まれ 1969年 昭和44年 福岡県田川市 誠慈保育園 6歳 1970年 昭和45年 福岡県田川市 今任小学校1年 7歳 1971年 昭和46年3月まで在籍し島根県に帰郷 (長い間 大任小学校と間違って記載しておりました。お詫びして訂正致します。) 1975年 昭和50年 浜田市立有福小学校卒業 (その他の浜田市小中学校公式サイト) 12歳 1976年 昭和51年 浜田市立有福中学校入学 陸上部 13歳 1977年 昭和52年 浜田市立有福中学2年生 陸上部 14歳 1978年 昭和53年 浜田市立有福中学2年生3学期から病気で1年間休学、リハビリ 15歳 1979年 昭和54年 浜田市立有福中学3年生 16歳 1980年 昭和55年3月 浜田市立有福中学校卒業 (1999年有福中学校は国府中学校と統合し浜田東中学校として生まれかわりました) 1983 島根県立浜田高等学校卒業 1983〜84 埼玉県川口市、神奈川県厚木市にて各1年づつ、毎日新聞の新聞奨学生として働きながら勉強する。 埼玉県川口市では、西川口から都内高田馬場にある早稲田予備校 早慶コースに在籍し浪人生活を送るもあまり 予備校になじまなかったのと赤羽線が異常に混み合ってうんざりし通学がいやになり、自分で受験勉強。 (新聞奨学生というのは、夜中の2:30ぐらいから仕事が始まり忙しいのでかなりの覚悟が必要、夕刊もある、 当時は長い休みが取れないので実家にも帰れなかった、集金業務、拡張業務、古紙回収業務もある、 川にバイクごと突っ込んだり、車に衝突されたり、衝突したり事故はつきもの、 深夜、雨天時、冬は危険なので女性には向かない) 1988 青山学院大学 経営学部経営学科卒業 青山学院大学に入学後、神奈川県厚木市(当時1.2年生は厚木キャンパスでした)で1年新聞奨学生を続けるも 難しい勉強に支障が出始めたので、1年生の終わりまでがんばってからやめました。 最後の配達が終わってから、新聞を配っていたお宅にあいさつ回りしていたら、沢山のあたたかい言葉やプレゼント をいただき陰ながら応援してくださっていた方がいかに多くいろんな人に助けてもらっていたのか良くわかったもの でした。青春時代のたいへん貴重な2年間をほんとうにありがとうございました。 その後大学時代は、渋谷の居酒屋、家庭教師、警備員、冷凍倉庫、イベントなどのアルバイトをたくさんこなし、 生活費を稼ぐ。 大学卒業後ピザ屋を経営する会社の正社員として、店舗を任されるも公認会計士への夢がちらつき3ケ月 でやめる。世に言う3日坊主。ピザを空中に放り投げるワザなども習得しましたが、未だに役にたっていません。笑 大原簿記 会計士科に在籍して公認会計士の勉強を始めるも、実家を継ぐ話が大きく持ち上がり帰郷することに。 1991 愛知県立窯業高等技術専門校 陶磁器製造科卒業 愛知県瀬戸市では、たくさんの素晴らしい仲間に巡り合えて、飲んで、遊んで、勉強して、楽しい1年でした。 担任は藤井先生 自然薯掘りの名人で、学校そばの秘密のエリアに連れて行ってもらって一緒にほりほりして 夕方デザイン科の人といっしょに自然薯パーティーしたっけ! 加藤民吉先生、水野先生、講師の先生方、習うことはなかったですが作道先生もおられました。 ろくろは主に講師の森田博則先生に教えていただきました。森田博則先生お元気ですか? ソフトボール大会や長野のりんご園への遠足、バイク仲間との馬籠宿などへのツーリング、美術館巡り、 夜はマージャン大会、頻繁な飲み会、バカ騒ぎカラオケ。 藤原さんの750cc盗難事件には驚きましたね。クラッチレバーの折れた750ccを軽々乗って帰った 金子君の底力凄すぎ! 金子君からもらった14インチのテレビあれから15年ぐらい使ってた ありがとう! 藤川君とはよくいっしょにサーフィンに行ってました。初めてだったのであまりうまくはならなかったけど 学校の昼休み裏の坂道でよく丘サーフィンをやったね。できもしないスケボーを一生懸命教えてもらって1ケ月ぐらいで かなり乗れるようになり、坂の下から上のほうに逆にのぼって行くことさえできるようになりました。 おかげでかなり足腰が強くなったような気がしました。 大西君、勝部君、山根君、福島さんとはいつもつるんでいたような気がします。どもども! 福島さんのおねえさんとは今でも会うことがあるんですが、バイタリティあふれる方でたいしたもんだと いつも感心させられてます。 そういえば、いつも足に使っていたスクーター 朝マージャンが終わって帰ろうとすると置いた場所になく無理やり 盗まれたあとが、近くを探したら放置されていたのでぼこぼこにされた痛々しいままで乗り続けてあげました。 長らく250ccのバイクを貸してくれた山根君ほんとうにありがとう感謝してます! でもスピード出しすぎてカーブを曲がりきれずに、川に落ちそうになったときはもうだめかと思いました。 しかし曲がれたから生きていましたぁ! 夏にはバイクの限定解除をしようと練習所に通っていて右足首を骨折し、惣菜屋さんでのバイトができなくなり 暗い夏休みを過ごすという日々を送っていました。2学期青山さんが車でアパートと学校を 送り迎えしてくれ、たいへんご迷惑をかけましたね。青山さんどうしてるかなぁ? 2学期は松葉杖をついていて実習ができないので、しばらくは校長室でお絵かきさせられていました。なつかしい! 一晩泊り込んでの焼成は、遊んでばっかりでしたね 藤井先生すみませんでした。 釉薬がけの実習では、コンプレッサーで傘立てに釉薬を吹き付けていたんですが、吹き付ける厚みが分からず適当に やっていたらそこらじゅう釉薬の霧でくもってしまった!大笑い デザイン科のみなさんごめんなさい。犯人はオレです。 当時は、陶磁器製造科は30歳未満のクラス(1科)と30歳以上のクラス(2科)の2つあり、私はもちろん 30歳未満のクラス(1科)だったんですが、2科の方々がけっこうかわいがってくださり、よくパンと牛乳なんかを くれる奥さんがいました。いろいろありがとうございました。顔色悪かったですか? そういえばお金が無かったので、ソース焼きうどんやカレーばかり作って食べていたような気がします。 同じ水富荘に住んでいた女性の皆さん食事面でもいろいろ教えてもらうことばかり、ほんとうにありがとうございました。 にしてもここは陶芸の基礎を学べた学校です。 連絡を取りたくても当時の名簿は全然役に立ちません。 愛知県立窯業高等技術専門校卒業生のみなさん、私の同級生のみなさんぜひメールください! ホームページやブログをお持ちなら愛知県立窯業高等技術専門校卒業生のリンク集を作らせてください。 福島さん、金子君、大西君、勝部君、相原君、山根君、藤川君、皆藤君、みんな仲良くしてくれてありがとう! 大西君とはいまでも家族ぐるみの付き合いをしてます。 愛媛と島根を交代で行き来してるんですが、子供が成長する姿を見て、遠くなっていく瀬戸の 愛知県立窯業高等技術専門校の日々を思い出さずにはいられません。 1991 帰郷以後父を師に仰ぎ作陶をはじめる 2010年 2月 島根県優秀専門技能者(陶磁器製造)に認定される ![]() 各種花器、小鉢、ビアカップ、湯のみなどのろくろ作品、陶板皿、窯たき(窯焼き)、 経理、個展運営関係一切をてがける ホームページ、ブログの管理、運営 妻1人、娘2人(中2、小5)の父 、4歳のコーギー 作品はすべて私が焼いています。 釉薬ごとに全部焼き方が違いとても苦労させられていますが、陶芸の世界は奥が深く 窯の中の炎を観るたびに 言い知れぬ不安とまだ見ぬ作品への期待が交錯します。 窯たきで一番難しいのはやはり1200度を越えてからです。 1200度を超えると世界が変わるのです。 メラメラとゆれる炎の向こうに作品の肌がつやつやと煌めきだす。 火を止めるタイミングを探す 早いと焼けず、遅いと焼けすぎる この瞬間心拍数が最大となります。 すべてがこれで決まる。 焼成回数は、1200回を越えているはずですが、やはり窯たきは難しい。 陶芸家 絵付師 佐々木 和美(旧姓佐々木) ささきかずみ (Kazumi Sasaki)管理人の妹 1968年4月生まれ![]() 1989年 島根県立浜田高等学校卒業 1990年 愛知県立窯業高等技術専門校卒業 陶磁器デザイン科卒業 1990〜1991年 多治見市 虎渓窯 美濃焼陶芸道場にて修行 生け花 池坊正教授 異業種グループ 『陶花婆(とうかば)会』所属 花器、花絵カップセット、煎茶器などの制作、絵付け作品を得意とする グループ展多数開催 結婚してたまたま同姓の佐々木家に嫁ぎ、3児の母
島根県ふるさと伝統工芸品 石州亀山焼の陶器は、【楽天】野の花屋で販売しています。 せひご利用くださいませ。 【石州亀山焼を紹介した本】 ![]() 作り方がわかる陶芸入門―焼き物の種類と土の練り方から焼成まで (にちぶんMOOK) P25 特大カラー写真で花器、徳利、制作の様子を紹介 1998年 ![]() 美術年鑑〈平成16年版〉 2004年 ![]() ネットの中心でゴッゴルと叫ぶ? 日本初のSEOコンテストを開催したSu-jine氏の書。 入賞したので複数ページにわたり掲載されています 2005年 ![]() やきもの紀行―出雲・石見・隠岐の器をたずねて 2006年島根県の出雲・石見・隠岐にある66の窯を、その作品や窯の生い立ち、連絡先や所在地の地図、 作家のプロフィールなどと共に紹介。やきもの教室の紹介も収録する。購入時の割引等のチケットつき。 目次 ![]() じゃらん 2008年11月2日発売の旅行情報誌『じゃらん』12月号『旬ネタ』のコーナーに『石州亀山焼の陶芸体験』の 紹介記事が掲載されました。 ![]() 2009年7月14日NHK『趣味悠々 安心安全 使いこなそうインターネット&メール』にて、当ホームーページ紹介 P24 お弟子さんについてときどきお弟子さんになりたいとのご希望やお問い合わせをいただくことがありますが、当窯では現在お弟子さんの募集はしておりませんので、あしからずご了承ください。 窯名の変遷1971年〜 石州亀山焼窯元 (せきしゅう かめやまやき かまもと) 開窯1980年代 石見焼亀山窯 (いわみやき かめやまがま) 石見陶器工業共同組合所属 1990年代 石州亀山窯 (せきしゅう かめやまがま) 石見陶器工業共同組合脱退 2000年以降 石州亀山焼 (せきしゅう かめやまやき) 当窯では、それぞれの年代に応じて 作品の高台脇に、窯印を押印しています。 2009年現在でも『石州亀山窯』と窯印を押印する場合があります。特に意味はございません。 また、『硯城』とサインを入れたものもあります。 ホームページ名の変遷(WEB上の名前ですので今後変更の可能性があります)2000年4月 ぎゃらりー硯城 として当ホームページを開設→ 石州亀山焼 → 創作陶器のお店 陶器屋華陶炎(とうきや かとうえん) → 花器花瓶と記念品の石州亀山焼 2007〜2009 石州亀山焼の陶器/花器/陶芸 特定商取引に関する法律に基づく表示 |
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