1920(大正9)年頃の浜田駅左方面 正面の円筒形の建造物は給水タンク。
道分山と萬燈山の間を朝日町に抜ける掘割工事。ここにあった土は低い駅前を埋めるのに使われた。
目に浮かぶ両側の家々と山はない。  山陰線が下関まで開通するのは昭和になってからだ。

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