牛突き紀行 ◆牛突きのあるまち◆
【隠岐編】絢爛たる神の儀式 隠岐「牛突き」

承久の乱(1221年)で隠岐へ流された後鳥羽上皇を慰めるために行われたことを起源とする隠岐の牛突きは、780年の伝統を誇り、日本で最も古い歴史をもつ。
島の伝統に則った大会様式と独特の習俗――。
やがて島民の愉しみとなった牛突きは神への奉納という位置づけで伝承され、 遥かときを超え、今もこの島に息づいている。

◆  ◆  ◆

島根県・島根半島の沖合い約40〜80kmの日本海に浮かぶ隠岐島は、大小180の群島からなり、大きく「島前」(どうぜん)、「島後」(どうご)に分かれる。人口約2万6,000人。「太平記」をはじめ数々の歴史の舞台となった隠岐島には、たくさんの歴史が刻まれ、すぐれた文化遺産が残されている。
島の重要無形文化財に指定されている「牛突き」は、そんな隠岐島文化を象徴するもののひとつだ。

◆  ◆  ◆

■これぞ牛突き、真剣勝負。
8月15日。隠岐「牛突き」の本場所のひとつ、「夏場所大会」が西郷町[当時、現”隠岐の島町”]で開催された。
>かつては全島で行われた牛突きも、現在、島後のみに残り、神社に奉納する本場所は、この夏場所のほかに、9月1日の「八朔大会」(都万村[当時、現”隠岐の島町”])、10月13日の「一夜嶽大会」 (五箇村[当時、現”隠岐の島町”])の3大会。本場所は、引き分けがなく、最後まで闘う真剣勝負。それだけに大会に賭ける島の人々の情熱ははかり知れない。
会場となった「隠岐モーモードーム」は、平成11年3月に完成した、全国初の屋根付き牛突き場だ。この日は夏場所とともに全国大会も行われるとあって、1,200人収容の会場は、立ち見も出るほどの盛況振りをみせた。>
午後1時30分、隠岐「牛突き」の本場所は、東西分かれての土俵入りから幕を開ける。清めの塩を撒く「塩振り」に先導され、芝切り、小結、関脇、大関、横綱の順に、出場するすべての突き牛が「ご覧あれ」とばかりに飾りたてられ、鍛え抜かれた巨体をゆっくりと披露していく神聖なるセレモニーだ。なかでも純白の横綱を角に巻き、金糸銀糸で刺繍された見事な化粧着物で正装した横綱はさすが、風格が漂い、凛々しさがみなぎる。
晴れの舞台は、それぞれの役回りがついた男衆にとっても同じこと。甚句や神楽節を、めでたく声高らかに謡い上げながら、家紋や牛の名乗り(四股名)が色鮮やかに染め抜かれた幟を持って歩く姿は、絢爛豪華でどこまでも誇らしげだ。
隠岐牛は、勝負根性には定評がある。地元産の黒毛和牛を、突き牛として生後半年ぐらいから育て、大会に出るのは4歳を中心に、2歳からせいぜい6歳まで。他地域に比べ若い牛を用いるので、小兵ではあるが、その分多彩な技を繰り出す面白さがあるという。
取り組みがはじまると、その迫力に圧倒された。頭取の合図で仕切りに入り、しばらく見合う。次の瞬間、突き牛の闘争心が爆発し、800〜900キロの巨体がぶつかり合う激しく鈍い音が、ドーム中に響きわたった。
引き綱(鼻綱)を操るのは、花形役の「綱とり」。隠岐では唯一、引き綱を付けたまま最後まで闘うルールをもち、この綱とりの技術や勇気が、勝負の見せ場にもなる。
「サーサーサーサー」
「オリャオリャオリャオリャ」
綱とりの勇ましい掛け声、突き牛の激しい息遣い……。まさに人牛一体の攻防戦だ。どちらかの牛が逃げ出すまで、数十分、ときには一時間近くも、手に汗握る勝負が繰り広げられる。そして、結末。勝った牛の回りには男衆が駆け寄り、我先にと牛の背に飛び乗って、歓喜の声とともに手荒い祝福をする。その陰で敗者は静かに土俵を去っていく。明と暗。勝負の世界は厳しい。

◆  ◆  ◆

■牛突きの伝統を守る。
隠岐の牛突きの伝統を守りたい。若いもんが受け継いでいかなくては。力を合わせてやってみないか。そんな呼びかけに22歳から50歳のメンバー7人が集まった。
隠岐の牛突きの伝統をたやしてはならない。隠岐牛突き後継者会の発足だった。
伝統を守り受け継ぐといっても、容易いことではないのは最初からわかっている。例えば、綱取りになるためには、小学生3、4年生から修行が必要だし、技術も日々磨いていかなくては上達しない。また、牛は生き物、突かせることはもちろん、育てることの技量も求められる。牛は家族の一員という家族の理解と協力も必要なのだ。
知恵を出し合って、技術を向上させたい。研鑚を積む。切磋琢磨。
メンバーそれぞれ、隠岐の牛突きは自分たちの双肩にかかっているという自負心をもっている。いつも勉強だ。取り組みの後は、必ず集まってビデオを見ながら研究する。この日も、会長の自宅で鍋を囲み、牛突き大会のビデオを見ながら夜遅くまで意見をだしあった。
「その時代その時代の牛突きがあるはず。自分たちの時代の牛突きを目指すんです。俺ら、牛突きで地域おこししてるんです。情熱を持って勝負している」。会長の吉田清一さんは熱く語った。
勝った牛に乗る。勝者だけにゆるされたこの瞬間が、牛突きの一番の魅力。牛突きにかかわるの者たちのプライド。守るべき伝統と、変えていくべき伝統を模索しながら隠岐の牛突きの伝統は受け継がれていく。
トップページ