石本正 聖母を描く 

 私はトコトンまで美しいものに賭けたい。
            美しいものの中に生きたい
   石本 正
                         
会期  1月2日(土)〜3月28日(日)
点数  48点(本画20点、下絵1点、素描27点)

・当館では展示作品を《模写》することが出来ます。模写をなさる場合、ご面倒でも受付職員に一声おかけください。
・希望があれば、学芸員が簡単に展覧会の概要や作品のみどころについてご説明させていただきます。ご希望の方は受付までお申し出ください。

主催:浜田市立石正美術館、浜田市、浜田市教育委員会

       ごあいさつ

このほど、『石本正と楽しむ裸婦デッサン』(新潮社)が出版されました。これを記念して企画展「石本正 聖母を描く」を開催します。
石本正にとって、裸婦は究極のテーマです。89歳の現在も、自分だけの裸婦像を求めて日々制作に没頭しています。
本展では、同書に掲載された女性像と花・風景などの作品をデッサンとともに一挙展示します。石本作品が誕生していく様子をご覧ください。日本画家石本正の絵を描くよろこびや創作姿勢をお伝え出来れば幸いです。


罌粟(ケシ)(1998年)
修)

第1章 初期の作品

石本正は、若い頃、何枚かの素描をもとに下絵なしにいきなり本画を描く一方、素描→下絵→本画の順番で制作することもあった。現在、下絵が確認されているのは今回展示されている3作だけである。
画家の心の中には様々なイメージの断片があり、「対象との対話によってそれが具現化される」と考える画家。心の中に沸き起こるイメージが絵を描かせてくれるという姿勢は画壇にデビューした20歳のときから60年間何一つ変わっていない。。

京都東山の五条坂の風景で、たそがれの光に浮かび出た京都の古い家並み−それを線と面だけで構成し、青系のモノトーンの作品に仕上げた。今でもありありとその時の情景が眼にうかぶ。坂の上の家々が、空に切り込むようにそびえ、手前に大きな家が黒々とあった。壁の正面にあたった光、斜かいにあたった光。光の受け方によってわずかに変化するさまを描きたかった。だから、デッサンの段階からすでに、線と面だけで構成している。家の細部や余分なものは一切切り捨ててしまった。主観が入るから、実際とは異なっている。
 


五条坂風景 1950年

第2章 聖母を描く―デッサンから本画へ―

石本正にとって女性は聖なるもの、美しいものの象徴であるし、モデルに対するといつも新鮮な気持になる。モデルの女性は、光線の変化などで身体の表情が瞬時も一定していない。その上、生身だから語りかけてくる。それに応じるのに技術は力をもたない。そこから生じる感動やあこがれに身をゆだねることで技術が自然に身についてくるのではないか。技術や方法は対象が教えてくれるのだ。
本画にとりかかる前はデッサンを見て構成などをねるが、いざ描きはじめると、デッサンのことはすっかり忘れ、今度は本紙に描き始めた対象が、彼の手をみちびいてくれる。

ある夏の日、庭で一匹のカミキリムシを誤って踏んでしまった。その時、虫は「ぎいっ」と悲鳴のような音をたてた。やがて、カミキリムシをイメージした作品をつくろうと思った。脚立の上に立ち、横たわるモデルを覗き込むようにデッサンを描いた。
 本画では、触角のような髪の形の娘にした。絵を描くことでカミキリムシに謝ったのかもしれない。このように、虫とか魚をモデルの中に感じ、変身した状態で描いたりすることがよくある。

    

回帰(1995年)

第3章 花を描く

石本正は切り花に魅力を感じない。根のついたものが好きだ。花は風に吹かれた時のさまや、それが止んで一瞬動きを止めた状態が綺麗で、そこのところにとっても惹かれる。
咲いた時の状態、枯れかかった時の状態、それぞれの良さがある。花は人生でもある。画家には人生と花の一生が重なって見える。咲き始め、咲き誇った状態、しぼんでだんだん枯れかかった状態、とそれぞれに美しさがある。
花を描く時はよく観察することが大事だ。花との対話ができないと、要領よくデッサンしてしまおうとしてしまう。注意深く、素直に見ることを心がけていきたい。


花は西洋アザミで葉が日本のアザミという、石本の想像上の、夢のなかで咲いた花だ。
画家のふるさとに住む人が七年前に自分の庭に咲いた大きな西洋アザミを持ってきてくれたことがあった。一目で気に入り、見たこともない大きな花とギザギザの葉に感動し、この花の虜になって、次々にデッサンしていった。それをもとにして描いた絵(20.スコットランドアザミ)を秋野不矩美術館に展示したところ、今度は、それを見た秋野さんのお孫さんが庭に咲いた日本アザミを届けてくれた。つまり、この絵は、二つのアザミのイメージをあわさって生まれたものなのだ。絵を描いていると、このような幸せにも出会えるのだ。

薊   1998年