石見銀山資料館

石見銀山の歴史・資料

発掘調査の現場情報

●石銀地区(平成5~10年度)
仙山の470m付近に広がる平坦地。16世紀後半~17世紀の坑道、吹屋跡などが出土。

●竹田地区(平成11年度~)
石銀と尾根続きの平坦地。17世紀初頭に大造成が行われた。

●於紅ヶ谷地区(平成11年度~)
16世紀と見られる間歩が見つかった。17世紀中頃まで吹屋があった。

●龍源寺間歩(平成元年度)
間歩の「四ッ留役所」跡。江戸時代~明治時代の建物の跡、採鉱の跡が確認された。

●出土谷(平成11年度)
山神社裏手にある地名で、18~19世紀の吹屋跡が出土。「焼窯」跡、灰吹銀と思われる銀塊が出土した。

●山吹城下屋敷(平成4年度)
山吹城大手に位置する。6ヶ所のトレンチ調査が行われ、17世紀初頭、初代奉行・大久保長安時代の吹屋跡が出土した。

●下河原地区(平成3年度)
17世紀初頭の吹屋の跡。現在は整備されて露出展示されている。

●蔵泉寺口番所跡(平成元年度・2年度)
江戸時代に大森町と銀山町(山内)の出入り口で番所が置かれた場所である。調査では山内を取り囲む柵列の基礎と思われる遺構が検出された。

石銀(いしがね)地区

 仙ノ山(せんのやま)(標高537.8m)山頂付近には広い平坦地が見られます。昭和63年度から仙山の林道工事が始まり、それに合わせて平成4年から石銀(いしがね)地区の分布調査、発掘調査が実施されました。

 仙ノ山には「福石(ふくいし)鉱床」と呼ばれる高品位な銀鉱石の鉱脈があります。開発初期には自然銀に近い銀鉱石を山頂付近で露頭掘りしていたと考えられているため、古い時代の遺跡があることが期待されました。

 この度の発掘調査により、開発初期には仙ノ山山頂付近で採掘・製錬などの鉱山労働と生活の拠点があったということが明らかとなりました。また、当時の鉱山技術や鉱山労働者の生活などを知る事が出来たという点で、改めて全国的にも貴重な鉱山遺跡と位置づけられるようになりました。石銀地区では千畳敷(せんじょうじき)地区(平成5年~7年度)と藤田(ふじた)地区(平成8年~10年度)の調査が行われました。双方とも竹林を伐採してからの作業となりました。

 千畳敷地区の調査面積は全部で約400㎡で、17世紀前半の吹屋跡とみられる礎石建物跡が見つかり、また16世紀後半に採掘されたと思われる露頭掘りの跡も確認されました。
  藤田地区の調査面積は約1,260㎡で、南北方向に走る幅約2mの道路跡の両側に吹屋(製錬所)と思われる礎石建物跡、掘立柱建物跡が見つかりました。吹屋は16世紀後期から18世紀代まで何度も改築されながら同位置に存続し、町割りにはほとんど変化がなかったようです。また坑口前トレンチ調査で採掘の跡が確認され、16世紀後半に掘削された坑道であることが分かりました。また、この坑口前のトレンチ調査では建物跡の遺構面から銀を精錬するための「灰吹(はいふき)」に使用されたと思われる直径約20㎝の鉄鍋が出土しました。「灰吹法」は日本では石見銀山に初めて導入されたと言われており、初期の精錬技術を知る貴重な手がかりとなりました。鉄鍋のほかに下駄、木製の椀、櫛など多様な生活用品が出土しています。

 

(左)鉄鍋は煮炊き用として一般に使用されていたもの。この中に灰を入れて灰吹をしたと考えられている。
(右)石銀藤田地区から出土した遺物。唐津・伊万里・備前・中国製の陶磁器、土師器、金属製品、中国・日本銭、無文銭、フイゴの羽口など。

竹田地区

 竹田地区は石銀藤田地区と尾根続きの大規模な平坦地で、この平坦地は山を削って造成されていました。表土下20㎝で建物の床面が確認され、17世紀前半頃の陶磁器が出土しています。
さらにその下の層からは16世紀の整地面が出土し、灰吹炉と見られる遺構が検出されました。

於紅ヶ谷(おべにがだに)地区

 於紅ヶ谷地区は仙山山頂付近に広がる平坦地で、「銀山旧記」に、大永6年(1526)神谷寿禎が連れてきた掘大工・於紅孫右衛門(おべにまごえもん)に由来する地名だと考えられます。
表土直下に幅2mの道路跡が見つかり、17世紀後半以降のものと考えられています。
道路跡の下層からは吹屋と思われる礎石建物跡と井戸・土坑が見つかり、周辺からは17世紀前半頃の陶磁器や製錬関係の道具などが出土しています。
また16世紀のものと見られる間歩があり、戦国期から採掘が行われていたことが分かりました。

出土谷(だしつちだに)地区

  出土谷は、文献史料では戦国末頃から居住者のあったことが確認されています。平成11年5月から9月まで調査が行われた調査では、表土直下から土間面と炉跡3基、鉱石を砕くための石臼などが出土し、18世紀~19世紀の吹屋跡であることが確認されました。炉の一つは鉱石を焙焼して硫黄分を除去するための「焼窯(やきがま)」の可能性があります。トレンチ調査では表土下1.5mに石垣が確認されました。
平成12年度の調査では幕末~明治に捨てられたズリ山を除去した下に、18世紀末~19世紀の平坦面が現れ、灰吹銀と思われる銀塊が出土しました。

参考資料
『石見銀山遺跡総合調査報告書』(島根県教育委員会)
石見銀山遺跡現地説明会資料

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