![]() |
|
銀の製錬ー灰吹法ー 鉱石から銀を吹き分ける「灰吹法」は、国内では石見銀山に最初に導入され、その後全国の鉱山に普及しました。今でも秋田県の小坂製錬所では骨灰で作った皿(キューぺル)を使って品位分析を行っているそうです。この灰吹法の導入によって、日本は飛躍的に銀を増産し、世界の動きに大きな影響を与えました。
このような工程で行いますが、このうち3が灰吹法です。 江戸時代の灰吹法
江戸時代の文献(『石州銀山記録』(九州大学工学部資源工学科所蔵)には灰吹床について以下のように記されています。 (『日本鉱業史料集 第五期 近世篇上』白亜書房 所収) 灰吹法を解明する手がかり
この技術が石見銀山に導入された当初は鉄鍋を使っていたことが、発掘調査によって明らかとなりました。鉄鍋は開発初期の遺跡である仙山山頂付近(標高 470m)から出土したもので、直径約20cmで片口の付いた煮炊き用の鉄鍋で、敷石と鉄製の火箸も同時に出土し、鍋の中に付着した灰からは鉄、マンガン、鉛、カルシウムなどが検出されました。 灰吹法実演平成10年5月に島根県松江市のくにびきメッセで開催された「'98国際金属歴史会議しまね」の銀シンポジウムで、初めて灰吹法の実演が行われました。あらかじめ作っておいた鉛と銀の合金をガスバーナーで溶解し、鉛が灰にしみ込んでいく様子を実際に見ることが出来ました。 方法が分かったので、その後自分たちでも何度か灰吹法の実演を行いました。ただし銀と鉛の合金を作るのは難しいので、魚釣りで使う錘を叩いてのばし、これに銀の粒を包んだものを使います。幸い大森町には溶接の免許を持っている方がおり、手伝ってもらうことができました。 実験開始排煙装置を設置し、鉛中毒にならないように気をつけます。セメントの中心部分に骨灰を入れて窪みを作り、ここに貴鉛を置いてバーナーで溶解します。
数分して溶け始めた状態。温度が上がるとオレンジ色に輝きます。
さらに加熱すると鉛が酸化して溶け始め、灰に吸収されていきます。碁石のような オレンジ色の塊の表面にしばらく鉛が浮いて見えますが、やがてツルンと皮が むけるように鉛が灰に吸収され、銀だけが灰の上に残ります。
|
|||||
|
|||||