ピーターダックの勘違い?

「ヤマネコ号の冒険」は、ツバメたち、アマゾン海賊、フリント船長が老練な水夫ピーター・ダックとともに、その昔、海賊が隠した宝を探しにカリブの島まで航海し、めでたくその宝を探し当て無事、英国に帰ってくる、という物語です。このあらすじに悪漢ブラック・ジェイクがいたるところで絡んで、他のサーガとはちょっと異なったクラッシックな手法のアドベンチャー・ノベル、といった風情に仕上がっています。実は、この物語は、ツバメたちとアマゾン海賊がお互いに初めて出会った年の冬に彼ら自身が創ったお話で、ランサムファンの間では、ファンタジーであるとかフィクションであるとか言われ、実際に子供たちの身の上にはおこらなかったこと、として認知されています。しかし、宝探しという冒険小説では普遍のテーマを取り上げたこの物語は、ハラハラしながらもどこか安心して読むことが出来て、さらに他のサーガにはないスケールの大きさを感じさせてくれます。少年の頃にスチーブンソンの「宝島」が大好きだったランサムにとって、一度はこういう物語を書いてみたかったのでしょう。

さて、そんな「ヤマネコ号の冒険」ですけれど、この中にランサムファンの間で論議となっていることがあります。それは、「スペインの淑女たち」の歌詞とそれに関するピーター・ダックの意見が矛盾しているため、ひょっとしたら老練であるはずのピーター・ダックが、なにか大きな勘違いをしているのではないだろうか?、ということです。どうやら、大勢としては、ピーター・ダックが勘違いしたのだろう、という意見が主流を占めているようです。

しかし、老練な水夫、ピーター・ダックとあろうものが、本当にそんな勘違いをするでしょうか?
そこで、ここでは、その真偽(?)について私なりに考えてみました。












Swallows, Amazons & D's For Ever !