The Houses & The Places

The Broads

ブローズの地図をまとめてみました。マップとともにご覧いただければ作中に出てくる位置関係がよくおわかりになると思います。


「オオバンクラブの無法者」と「六人の探偵たち」の舞台となった、ノーフォーク・ブローズ<The Broads>は、実際に英国に存在する地域です。河川や湖沼に恵まれたこの地は、その昔は、帆船が重要な交通手段であり、生活手段でもありました。そして、サーガに描かれているように、たくさんの鳥たちや豊かな自然をランサムは心から愛したのでした。

アント川 <River Ant>

アント川の上流に近づくに連れて、川辺にはたくさんの葦が積まれているのがわかるようになります。これは、いまでも英国風茅葺きの屋根を作るために使われるのだそうです。ブローズでだったかどうか忘れましたが、日本からも何人かの人たちがこうした技術習得のため英国で修行を積んでいるとか。たぶん、日本古来の茅葺き屋根の作り方とはずいぶん違うのでしょうね。ところで、バートン沼に通じているこの川は、おだやかな川であまり開発の手が入っていない川のようです。しかし、ときおり川幅が狭くなっていて、すれ違うのにぎりぎりの幅しかない場所も所々ある、とのことです。

イェア川 <River Yare>

ランサムによればノリッジ川とも呼ばれていたようです。ノリッジからリーダムまでのイェア川の上流部分は、広々とした景色を川から左右に見ることができ、川にも船がよく行き来しています。ブランドルに近いところでは、沼地、農場、木々などが絵のように拡がります。ブローズの川の中でも一番、優雅な川、と言われているようです。River Chetがハードリークロスのところで合流するのですが、この川は、物語の裏表紙の見開きには描かれてはいるものの、その名前は掲載されていませんし、物語中では別の名前で紹介されているようです。。

ウェイブニー川 <River Waveney>

サフォークとノーフォークの境界部分を流れているのが、このウェイブニー川です。東西に大きく曲がりくねったウェイブニー川は、ブローズの中では珍しいタイプの川と言えます。川からはどの村もちょっと離れていて、やや小高いところを流れているようです。ただ、ベックルズだけは、例外でこの川に沿った丘の上に建てられた町です。

ウルトン <Oulton>

ティーゼル号が嵐に遭遇したところですが、それは南へ出発して3日目のことでした。ここの港湾管理事務所で、ティーゼル号のみんなは、熱い風呂を浴び、3日目の夜はウルトンの埠頭で停泊しました。現在は、このウルトンと言うところ、水上レジャーのメッカで、夏には湖上はたいへん賑やかな状態となるようです。陸上には、アミューズメント・パークまであるとのことで、小さい子供たちが喜びそうな場所ではあるようですね。

エイクル <Acle>

ティーゼル号がベックルズ目指してホーニングを出発した日、最初に橋くぐりをしたのがエイクルの橋でした。そのとき、ここでは、プロヴィジョン・ボート(食料品を売る船)で食料品を買い込んだのですが、そのとき、役立たずのロビン(マーゴレッタ号を見張るためにジョーからもらったお金を、腐ったバナナを買うことに使ってしまい、挙げ句の果てに腹痛をおこした少年)に対し、優しい提督はチョコレートを買ってやりました。また、ホーニングに帰る際、最後の6日目に停泊した場所もこのエイクル橋の近くでした。ところで、このエイクルはブローズに繰り出したヨットやボートが、よく集結するところでもあるそうです。というのも、エイクル橋の近くにあるThe Bridge Innという茅葺き屋根のパブが人気スポットなのだそうです。

オルデビイ <Aldeby>

ベックルズまであと少しのところにある、ウェイブニー川からほど遠からぬところにある地域。「オオバンクラブの無法者」の中では、ここに旋回橋がある、との記述がありますが、たぶん、今はここには鉄道は走っていなくて、その旋回橋もないものと思われます。ちなみに、この場所から見えるところにあって、その昔提督の弟リチャードがクサヘビを捕まえたボーターの丘、というのはどこのことかよくわかりません。(リチャードは、そのクサヘビを授業中にはなして、ぶたれた、ということですが、これはランサムの少年時代のエピソードか、当時の親友リック・エディスンのエピソードかもしれません。)・・・と、書いていたら、'The Norfolk Broads'の作者Mr Holmesから、1998年に出版された新しい本、'Back to The Broads'をいただきました。その中に、Boaters Hillsの写真が掲載されていて、どうやらベックルズに近いところでウェイブニー川の北岸にあるようです。ピクニックや行楽地として、当地では極めてポピュラーなところのようです。

キャントリイ <Cantley>

ウルトンからノリッジへとティーゼル号は向かいましたが、風に恵まれず、南へ下って4日目に停泊したのが、このキャントリイから1キロ半ほどイェア川を上ったところでした。

グレート・ヤーマス <Great Yarmouth>

潮の満ち干の影響をもろに受けるところで、潮に乗り遅れたヨットをカモにする、たちの悪い男たちがたくさんいるらしい。ティーゼル号を追いかけてきたポートとスターボートは、ここまで乗せてもらってきたジム・ウッダルのサー・ガーネット号からボブじいさんのカム・アロング号に乗り換えました。ブローズの人は、グレートを省いて単にヤーマス、と言うそうです。ここには、川に沿って建てられた家々の間に細い路地があって、それらは川に向かうように平行して造られており、地元ではこの細い路地のことをRowsと呼んでいます。

ケンダル水路 <Kendal Dyke>

この水路を通って、ヒックリング沼ホーシイ沼にいくことが出来ます。1933年にランサムはここで急性の虫垂炎を発症してしまい、知人のCharles Renoldにクルーザーでロクサムまで運ばれました。

コルティシャル <Coltishall>

アンティークな店や建物がたくさんある町。ここには怪談じみたお話があって、「皿のような目がある、首のない犬」(一度見てみないことには、どんな様子をしているものやら、想像がつきません。)がコルティシャル橋を徘徊する、と言われているようです。この道の沿線には、さらに首のない女が、手に自分の首を持って道路脇に佇んでいる、という怪談もあるようです。

サルハウス沼 <Salhouse Broad>

トムがティーゼル号の電池を充電するためにロクサムへ出かけて、その帰りに、あやうくマーゴレッタ号に見つかるところだったところは、このサルハウス沼のそばのビュア川の上でした。このときは、危険を知らせにポートとスターボードが必死でボートを漕いできてくれていたので、あやうく助かったのでした。このサルハウス沼は、岸辺に森や牧場があって、美しく絵になるところの一つです。現在は、Norfolk Naturalist Trustが所有しています。

サーン川 <RiverThurne>

川幅は狭く、小さく曲がりくねって英国の東海岸へと向かって流れているのが、このサーン川です。この川からケンダル水路ヘイガム・サウンズを通り抜けて辿り着く、ヒックリング沼ホーシイ沼は自然が最も変わらず残っているところです。

ストロハム <Stalham>

バートン沼の北に位置する、ストロハムに関する情報は、こちらからサーフィンしてみて下さい。結構にぎやかな町らしく、ジョージ王朝時代(A.D.1714〜1830)の市場町(どんな雰囲気の町なんだろう?)といった風情なのだそうです。

ストークスビイ <Stokesby>

昔は、ビュア川を渡るポイントとしてよく利用されたそうですが、今はもう渡し船は失くなってしまっています。近くにたくさんのろうそくや燭台に関係する工芸品を集めたCandle Cavernというのがあります。




聖ベネット僧院の廃墟 <St Benet's Abbey>

西暦955年に建てられた僧院の遺跡です。現存している以外の石などの建築材料は、ほとんどミルを造るために利用されましたが、それらもまた多くは遺跡となってしまっています。当時ここにいた修道士が、建築中だった川向こうのランワース教会の進捗状況を検分するために、ボートで川を漕ぎ渡っていたものでしたが、今でも暗い夜には、犬を引き連れて(?!)ボートを漕いでいる修道士の幽霊がしばしば目撃されるとのこと。


ソマリートン <Somerleyton>

ポートとスターボートが、ウェルカム号で一夜を過ごしたのは、ウェイブニー川のソマリートンを少しすぎたところでした。ちなみに、ウェルカム号は、ベックルズに行くのにウェイブニー川を使わず、イェア川(ノリッジ川)を登り、新水路(ニュー・カット)を通ってウェイブニー川のヘリングフリートの手前までやってきました。ここにはSomerleyton Hallというビクトリア朝の大邸宅があり、英国式の庭には、複雑な迷路が作られています。また、Gradaborというウルトラマンクラスの大きさの巨人のお話が残っています。その巨人は、毎年7月17日になると地の底から這い出てきて、ここらあたりを徘徊する、と言い伝えられています。

聖ピーター僧院 <Burgh St.Peter>

この近くで、ティーゼル号は最初の停泊をすることになりました。聖ピーター僧院は、「ピラミッドのように階段状に作られた尖塔のある奇妙な小さな古い教会」です。OSのマップ、The Broadsでは、もはや確認することは出来ません。今では、この聖ピーター僧院は取り壊されてしまい、恐らく、Waveny River Centerがその跡に建っているものと思われます。「ピラミッドのように階段状に作られた尖塔のある奇妙な小さな古い教会」ってのは、ひょっとすると二度と見ることはできないのかもしれません。そうだとすると本当に残念なことです。いつ行くことができるのかわかりませんが、ランサムが見た光景は、この目でちゃんと見てみたいものです。

チン通り <Pug Street>

ポッター・ヘイガムからサーン川を少し上ったところにあるとされている、チン通りは、OSの地図では確認できません。ちょうどその位置にあると思われるのは、Staithe Roadと呼ばれている道路です。これがその昔、Pug Streetなどと呼ばれていたのでしょうか。たぶん、これはランサムの創作かもしれませんね。・・・・・と、書いたら、Naoto KIMURAさんがこのチン通りについて調べて下さいました。『ポターの橋から下流へ1マイル弱のところにRepps Dyke Reachという川区があって、そこにRepps Staitheがあります.となりにRepps Millの赤い建物があり,そこからSt Peter & St.Paul's Ch.まで細い道があってこれがPug Streetとなっています.』とのこと。ランサムの創作などではなく、ちゃんと実在の場所だったのですね。ちなみに、私は、Black millというベックルズにほど近いところにあるというミルも確認できなかったのですが、KIMURAさんの持っていらっしゃる地図によるとこれも確認できる、ということです。ランサムはブローズの物語に関しては、徹底して実在の場所や建物を使った、ということがこのことからも確認できますね。なお、KIMURAさんが確認された地図は、1997年現在のものだそうです。

ノリッジ <Norwich>

1933年5月にランサムは当時住んでいたウィンダミア湖のLow Ludderburnの隣家、Barkboothの居住者Kelsall一家とともにブローズにやってきました。このときに、彼らは、「オオバンクラブの無法者」に書かれているように、ヤーマスブレイドン湖など南部の方に下っていきました。作中では、ノリッジには行き着けなかったのですが、現実にはちゃんとノリッジまで辿り着いたようです。また、1934年4月には物語の細部を確認するため、ノリッジ在住の鳥類学者Dr.Sidney Longを訪れました。こうした鳥に関する研究やこの地域に関する入念な調査を十分に行い、ランサムは「オオバンクラブの無法者」や「六人の探偵たち」を書き上げたのでした。

白鳥亭 <Swan-inn>

ホーニングにあるこの白鳥亭の中には、1921年に当時12歳だった地元の少年、Edward Gillardによって釣り上げられた21ポンドのカワカマスの剥製が飾られています。また、同姓同名のEdward Gillardという人(血縁者?)は、Horning Town Sailing Clubの創設者であり、かつ、Horning Town Regattaを1903年にスタートさせました。

バーグの砦 <Burgh Castle>

3世紀に建造されたローマ支配時代の遺跡。外壁は非常に堅い石で造られ、城壁の上には弩(いしゆみ)を差し込む穴があるのだそうです。

バッケナム <Buckenham>

ノリッジに行く予定を止めたのは、向かう途中のイェア川のブランダルからトムが家に電話した際に、マーゴレッタ号の連中の情報と双子の父親が2日後にレースをする予定がある、と母親から聞いたからでした。そこで、彼らは再びヤーマスに向けて、イェア川を下ることにしたのでしたが、風がなかったため、5日目の停泊を余儀されたのが、このバッケナムの渡し場からほど遠からぬところでした。

バートン沼 <Barton Broad>

ブローズでも比較的大きい沼の部類に入る。ただし、場所によっては相当浅いようで、しかも水中には杭とか石が積み上げられているような状態になっているところも多く、案内人が船に同乗していないときには、注意が必要です。

ヒックリング <Hickling>

ここには、Pleasure Boat Innという旅館があって、1931年当時には22ポンド(約10s)のカワカマスがガラスケースに入れられて飾ってあったそうです。その後、この魚は25ポンド(約11s)のカワカマスにとって変わられました。そして、このヒックリング沼は帆走をするにはもってこいの場所なのだそうです。しかし、この沼も浅いのでやっぱり注意が必要とのこと。そして、ここにも幽霊のお話が・・・。ワーテルローの戦いの時代、ヒックリングに住んでいた一人の少年はポッター・ヘイガムに住む少女と恋に落ちました。ロミオとジュリエットよろしく、父親が反対したので、彼らは、Swim Coot(沼の西側)というところでしばしば秘密の逢瀬をしていました。ある冬の夜、いつものように少年は、凍った沼をスケートでSwim Cootへ向かいましたが、不幸にも氷が割れて、水中に落ちて死んでしまいました。そののち、寒い2月の夜には湖の上を一人でスケートをしている彼の幽霊が目撃される、ということです。

ビュア川 <River Bure>

このビュア川の上流からブローズのクルーズの旅ははじまります。絵のようにきれいでフォトジェニックな景色は、ブローズの中でももっともきれいなところ、と言われています。ホーニングももちろんこの川沿いに存在します。

ビュア川を映したnaotokさんのAVファイルがこちらからご覧になれます.

ブレイドン湖 <Breydon Water>

ここでは、たくさんの出来事がおこりました。ポートとスターボートがティーゼル号を追って、サー・ガーネット号からカム・アロング号へと乗り換え、最後にウェルカム号に乗せてもらったのはこのブレイドン湖て゜したし、帰り道でティーゼル号が泥に乗り上げたのもここでした。よく働き、成功するというウィリアムが、泥だらけの小型のカバのようになったのもブレイドン湖だったし、マーゴレッタ号がみじめな遭難をして、死と栄光号に助けられたのもここでした。ところで、ここでは1929年6月11日にガリレイ船らしき幽霊船がたくさん目撃されたのだそうです。このときは、船に乗っている大勢の人々の声やドラの音などが聞こえ、篝火まで見えた、ということです。調べてみると、西暦447年に二人のサクソン人のリーダーが大勢の軍勢を引き連れて、海を越えてやってきた、という記録があり、1929年当時目撃されたという亡霊はこのときのものではなかったか、と言われているようです。

波止場亭 <Ferry Inn>

Ferry Innというのが、正式な名前です。1941年4月26日の夜(ちょうど店を閉める直前だったそうです。)にドイツ軍の空爆を受けて焼失してしまいました。15発の爆弾が落ちてきて、犠牲者は21人にものぼりました。




ヘイガム・サウンズ <Heigham Sounds>

ディックが竿もろともティーゼル号から置き去りにされて、水の中に落ちたのは、このヘイガム・サウンズでした。ヘイガム・サウンズはサーン川からヒックリング沼へと導く、水路のような沼です。サーン川からはケンダル水路に入ってしばらくいくと、ヘイガム・サウンドの手前にDuck Broadと呼ばれる小さな沼が存在します。

ベックルズ <Beccles>

提督の故郷。昔ハンガーという名前だった肉屋(ドロシアたちが訪れたときに存在していたかどうかは不明)や、菓子の老舗という看板を出している店や、八百屋、教会など色々な建物をここで見ました。また、ポートとスターボードは、ここベックルズでトムたちに合流しました。そして、ティーゼル号は、南へ下った2日目の夜、ベックルズの船着き場で停泊したのです。ランサムは、1933年にブローズを訪れた際、このベックルズでロチェスターのPudge号という貨物船の夫婦と知り合いました。この船は、物語中でWelcomeとなり、夫婦はホィットルという名前に変わりました。ドロシアがあやうく吐き気を覚えるところだったという、ミミズのかたまりを用いる「ウナギのじゅずこ釣り」もこのクルーズのときに見たようです。

ホーシイ沼 <Horsey Mere>

ベックルズへ行くときの練習のためにティーゼル号でホーシイ沼に行ったときには一番奥の水路に停泊したのですが、そのそばにあった風車とは、Horsey Drainage Millと呼ばれるところでした。ここの風車の形は、ブローズの典型的なもので、この型のものはかつてはあちこちで見ることができました。また、ここではアヒルやガチョウなどの鳥をたくさん見ることが出来ます。ホーシイ沼に行くには、メドー水路を通らなければ辿り着つことはできません。また、沼の岸辺は、ナショナル・トラストが所有しているとのことです。ここにも子どもの亡霊がたくさん出てきて、イエス・キリストらしき人物の霊と一緒に遊ぶ、という怪談(というよりも、ありがたいお話?)が残っています。

ホーニング <Horning>

トムや双子たち、死と栄光号の三人が住んでいたところは、このホーニングでした。このホーニングには、今でも白鳥亭<Swan Inn>や波止場亭<Ferry Inn>が残っていますが、さすがに1930年代に比べると町並みは幾分違っているようです。しかし、今日でもロクサム同様、ブローズの船旅の出発点であり、ここをベースとする人はやはり相当多いようです。白鳥亭は19世紀につくられたもので、そのまま現在に至っていますが、波止場亭は第二次世界大戦の時に焼けてしまいました。しかし、その後立て直されて今に至っている、ということです。

ホーニングを映したnaotokさんのAVファイルはこちらからご覧になれます.

ポッター・ヘイガム <Potter Heigham>

ヘイガム・サウンドで川に落ちたディックの服を乾かしたところは、このポッター・ヘイガムのボート置き場でした。その夜、この近くのサーン川に停泊したのですが、隣に停泊した快速艇は、あのマーゴレッタ号だったのです。物語にも描かれているようにサーン川には橋が架かっていて、今でもここを最初にくぐり抜けるときは橋の壁にぶつかるんじゃないかと思うのだそうです。この橋(古いほうの橋)は、14世紀に建てられたもので、車は1台しか通ることができません。橋の向こう岸とこっち側には信号があるので、それに従って渡らなければなりません。Potter Heighamとはいささか変わった名前ですが、ローマ支配の時代からここいらあたりはポットの製造が盛んだったので、Potterとなり、Heighamというのは、サクソン人の言葉でHomestead(農場、農家)という意味で、この二つが合体してPotter Heighamとなったとのこと。ちなみにPotter High-emと発音するのが本当だとか。

ホーニング・フェリー <Horning Ferry>

もともとは、小さな「渡し」で、乗った人は立ったまま対岸へ運ばれていきました。このフェリーもランサムの時代には、健在でしたが、1941年にドイツ軍の空爆で破壊されてしまいました。




南ウォルシャム沼 <South Walsham Broad>

「おそろしい隣人」から逃れた次の日、ポートとスターボードは、ティーゼル号に別れを告げましたが、その日に昼食を食べたのは、この南ウォルシャム沼でした。ちなみに、その昼食の内容は、焼き肉のプティングとポッター・ヘイガムで買った小さな果物タートでした。

ランワースの沼 <Malthouse Broad>

ディックとドロシアが、トムたちから帆走を習ったこの沼は、正確にいうと、Malthouse Broadと言います。本当のRanworth Broad(地元ではInner Broadともいう。)は、プライベート・ゾーンになっていて、本の中で述べられているように、現在も立入禁止区域となっています。Malthouse Broadの南岸にランワース教会がありますが、この教会は大変立派な教会で(教会の序列も高い)素晴らしいペイントの施されたScreenがあります。これは、15世紀頃にやってきたドイツ人達の手によるものと言われています。このランワースでもお化けの話はたくさんあるようです。最も有名なものは、1769年の大晦日の夜に、馬に乗った魔物に首をはねられたという、Colonel Sidleyの話です。この教会(もしくは教会近く)では、手に首を持った彼の亡霊が出没する、という噂です。

リーダム <Reedham>

その昔、敵対していたケルト人のテリトリーとの境界がちょうどここら辺だったということで、当時のローマ人の間では、リーダムという名前は広く知れ渡っていました。現在、イェア川には旋回橋が架けられていますが、夏時分にはこの付近はボートやヨットで一杯になり、この近くに船を係留することは難しい、ということです。

ルーダム <Ludham>

サーン川からほぼ直角に伸びているウォマックの堀割りを突き進むとルーダムに辿り着きます。ロクサムからポッター・ヘイガムへと続く道路はアント川に架かるルーダム橋を渡ることになりますが、この橋にはつい2〜300年前まで罪人たちの首が飾られていたようです。どうも、ブローズには首を切られる、という話が多いようですね。さて、ルーダムの村からちょっと離れたアント川の近くに、How Hillという茅葺きの屋根が目立つ大きな家がありますが、この名前の由来は、むかしこの辺に住んでいた悪魔が発した声、"How!"をもじってつけられたものだそうです。

ロクサム <Wroxham>

ロクサムはブローズの中心と言われ、シーズン中は大変賑やかになります。また、ここのロクサム沼は、帆走するにはちょうど手頃なところのようですし、村にはたくさんの船工場があったり、船大工がいるなど、まさにブローズのクルージングの中心地といえるところです。商店なども充実していて、"The Largest Village Store in The World"という大げさな名前のマーケットやレジャーセンターまであるとのこと。


ロッドン <Loddon>

見開きの地図の中にはロッドンと紹介されていますが、「オオバンクラブの無法者」の中では、たった一箇所しかこの名前は出てきません。しかも、その箇所は「ロッドン川」と書かれていて、たぶん、イェア川からロッドンに通じる水路のような川のことを言っているものと思われます。しかし、地図によればこの川は、River Chetと記されています。イェア川がノリッジ川とも呼ばれていたように、この川も「ロッドン川」と呼ばれているのかもしれません。

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