物語の舞台  
ランサム・サーガのはじまりとして知られる、この記念すべき物語は、1930年に出版されました。そして、これまたランサムファンには知られているように、この物語に登場する子供たちや舞台となった場所もモデルが実在していました。

ところで、ランサムは、この物語を書き上げることによって、以後の自分のスタイルや作風を確立しました。ほとんどの物語を、夏休みやイースターなどの休暇に起きた出来事として描いていて、オープニングからエンディングまで、比較的短期間の出来事をきちんと日付の流れに沿って物語を進行させる、というのは、以後のランサムの作品にも引き継がれていったのです。例えば、この「ツバメ号とアマゾン号」は、夏休みの13日間のことを描いたものですし、次の作品「ツバメの谷」も2週間ちょっとの期間のことを物語にしています。
もともと、彼の執筆方法は、作品のプロットを十分に練り上げることからはじめられました。したがって、本文にとりかかるよりも以前に、かなりの時間をこのプロットの作成につぎ込んでいたようです。このプロットは細部にわたって練り上げられていて、ちょっと想像しがたいのですが、必ずしも章の順を追って執筆したのではなく、やさしそうだと思われる章からランダムに書き進めたのだそうです。

また、物語の舞台となったイングランド北部の湖水地方(Lake District)に対しては、子どものときからひとかたならぬ愛情を持っていたことと、興味あることには徹底しなければ気がすまない、という本人の性格が相まったせいか、自然や風景に関して、実に正確な描写がほどこされています。ランサム・サーガが人を引きつけて離さないのは、この描写が大きく影響しているのではないか、と思うほどそれはみごとに描かれています。子どもならずとも、大人だって一度は行ってみたい、という衝動に駆られずにはいられない、と言ったら大げさでしょうか。後の作品でも、現実に存在する場所をランサムは物語の舞台にしているのですが、この風景とか眺望に関する表現はどの作品をとっても私たちの想像を大いにかき立てるものです。

同じように船に関しても、子どもたちが読む本にしては、いささか、くどいくらいに詳細に描かれています。初めてこの本をよんだときも、「小帆船の各部」という邦訳版ならではのイラストがなかったら、たぶん文字だけでは何のことかさっぱりわからなかったろう、と思います。
以後、ランサムは、挿し絵も含めて頑固なまでに船の描写にこだわり続けたのです。
 モデルたち  
さて、この物語に登場する主人公たちについて見てみましょう。ウォーカー家の長男ジョンという存在は、モデルとなったアルトゥニアン家には実は存在していませんでした。Taquiという少女がアルトゥニアン家の長子でしたが、物語の上では男女のバランスを考えて少年に変えられてしまったのです。他の子供たち、スーザン、ティティ、ロジャは現実にアルトゥニアン家の子供たちとして存在していたので、少なからず作品中の子供たちのキャラクター作りに参考にはなったのでしょうが、このジョンという実直でまじめなキャラクターは、Taquiの持つ個性ともやや異なり、どうやらランサムが子どもの頃に引きずっていた「自分の父親が望んでいた理想の少年像」を顕わしたもののように思えます。「自伝」の記述によれば、ランサムの父親、Cyrilは、少年の頃のランサムに失望していたようでした。移り気でなにかというと金儲けのことを考えていたアーサー少年を見て(当時、アーサー少年は自分の家庭はお金に困っている、と思い込んでいました。)父親は、家族を養う仕事には全く就くことがなく、借金を残して死んだアーサーの祖父(つ まりCyrilの父親)と同じ兆候を見て取ったのです。アーサー少年は、一財産稼ごうとしていろいろな会社を想像の中で作ったのですが、この発想は、ツバメ号の子供たちがダリエンで「ウォーカー株式会社」なる会社を作る場面や「ツバメ号の伝書バト」に出てくる鉱山会社の設立の場面に反映されています。
 理想の息子  
一方、父親Cyrilという人もちょっと変わったところがあって、幼児はオタマジャクシと同じように水に入れられれば自然に泳ぐものかどうかを調べようと、まだ泳ぐことの出来ない小さなアーサー少年をボートから水中に落としたことがありました。もちろん結果は悲惨なもので、父親は大いに失望したのだそうです。(もっとも、この話には後日談があって、アーサー少年は驚くべきねばり強さを発揮し、一人でプールに三度かよい、その結果ついに泳げるようになりました。それを確認したときほどアーサー少年に満足した父親の姿は、それ以前も以後も見たことがなかったそうです。)いずれにせよ、そんな父親を13歳のときに失くしたランサムにとって、親の期待に添えなかった(と考えていた)ことは、潜在的に心にのしかかっていただろうと考えても不思議ではありません。

ですから、ランサムは、ぜひこうであって欲しいと父親が望んでいたに違いない少年をジョンとして描こうとしたのです。しかし、実際のところ、私の回りを見回しても(今昔にかかわらず)12歳程度でこれほど思慮深く、物事に長けている少年を見つけることは容易ではありません。ランサムは、「ツバメ号とアマゾン号」を書いた当時、ウィンダミア湖の東にあるLow Ludderburnという家に住んでいたのですが、「長い冬休み」に出てくる火星通信の方法で実際に信号をやり取りしていたBarkboothという隣家の少年たち、DickとDesmondのKelsall兄弟、は「ツバメ号とアマゾン号」を読んで、ジョンはちょっといい子すぎる、とランサムに言ったほどです。いくら昔でも、あれほど配慮が行き届いた良い少年はそんなにざらにはいなかった、ということなのでしょうね。次作の「ツバメの谷」でジョンが難破をしてしまう、というシーンは、このKelsall兄弟の助言がなかったら生まれなかったのかもしれません。
 リーダー   
「ツバメ号とアマゾン号」は、主としてジョンを中心に物語が進んでいきます。ツバメ達の物語の場合、主にジョンかティティの視点で物事が説明される場合が多いのですが、想像力たくましいティティは、ややそれが行きすぎている感があって、読む側としてはちょっとドキドキさせられてしまうところがあるのに対し、ジョンの場合は、いつも何かを考えている、という感じがあります。湖の上では、いつも風向きを考え、フリント船長の仕打ちに悩み、日々の行動計画を練る、などなど。いつもきょうだいを引っ張らなければならないリーダーだから当然と言えば当然かもしれませんね。

学校からはごほうびに晴雨計までもらってしまう、良い子の見本みたいなジョンなのですが、意外に大胆というか、びっくりさせられるところがあります。
例えば、アマゾン海賊たちとの出会いの場面で、ナンシイとペギイの他にも見えない敵がまだいる可能性もあるはずなのに、突撃命令を発令するところや導灯が機能するかどうかを確認しに真っ暗な湖にきょうだい全員で漕ぎ出した場面、もちろん、アマゾン川への奇襲や夜間航海の場面もそうですね。(仮に奇襲が成功していたら、あの暗闇の中、拿捕したアマゾン号はどこに係留しておく予定だったのでしょう?)

どうも、場面場面の判断や計画性(策略)に関しては、ジョンよりナンシイの方が一枚上手のような気がします。だだ、ジョンにあってナンシイにないもの、それは、この次の作品「ツバメの谷」のヨットレースのときに現れているように、これはというときの一発勝負にかける意気込みであったり、集中力であったりするような気がします。

ジョンやナンシイをはじめ、物語に登場する子供たちなどのキャラクターとそのモデルについてまとめてみましたので、興味のある方は、こちらをご覧下さい。
 遙かなる湖水地方  
物語の舞台となったイングランド北部の湖水地方(Lake District)にある、ウィンダミア湖とコニストン湖を合体して、「ツバメ号とアマゾン号」の「湖」は創り上げられました。子どもの頃、ランサムが休暇を過ごした想い出の場所や大人になってからもしばしば居住することになったこの湖水地方の色々な場所がサーガの中で用いられたのです。

私は、1996年の3月に一度だけ訪れたことがあります。シーズンオフということもあり、人もまばらで天候にも恵まれませんでしたが、ランサムが愛してやまなかった湖水地方の雰囲気は、身をもって体験することが出来ました。ただ、残念なことに情報不足のため、ランサムゆかりの場所を訪れることはほとんど出来ませんでした。今から思えば、あそこも行けばよかった、ここは前を通り過ぎたのに、と思うことがたくさんあって、せつない、というか悲しいというか、残念というか・・・・・。

アーサー・ランサムに関するリンクはいくつかありますし、このサイトをご覧いただいている方は、既にこの地に関する情報はたくさんお持ちだと思いますが、そのときに撮った写真がいくつかあります。興味のある方はSTUDIOのコーナーの"Photos"をご覧下さい。

そして、ランサムファンと自分自身のために「北のみずうみ」の簡単なマップとランサムゆかりの場所についてまとめてみました。ご覧になりたい方はこちらからどうぞ。
Swallows, Amazons & D's For Ever !