サーガの分類
ランサムが書いた12冊の物語は、ランサムサーガと呼ばれ、その一つひとつは独立したもので、決して「続きもの」というわけではありません。しかし、12冊をトータル的に見ると、いくつかのパターンに分類できることに気がつきます。その分類の方法は、物語の舞台がどこであるか、とか、主人公はだれであるか、とか、登場する子供たちの組み合わせはどれであるか等々、色々とあるのですが、ここでは、「物語の舞台がどこであるか」という観点から次のように分類してみました。
北のみずうみの物語 ツバメ号とアマゾン号
ツバメの谷
長い冬休み
ツバメ号の伝書バト
スカラブ号の夏休み
ノーフォーク・ブローズの物語 オオバンクラブの無法者
六人の探偵
イングランド東海岸の物語
その他の物語 ヤマネコ号の冒険(カリブ海を舞台にした物語)
女海賊の島(中国南シナ海沿岸を舞台にした物語)
シロクマ号となぞの鳥(スコットランド北部ヘブリデス諸島を舞台にした物語)
 北のみずうみの物語 
ランサムサーガの中でも人気があるのは、恐らく、これら「北のみずうみ」の物語の作品群でしょう。ランサムは、「最初の本(つまり、ツバメ号とアマゾン号)では本当の地名を使うことを避けた。」<The Letter to the Editor’, Junior Bookshelf,T,no.4(1937)>と述べていますが、ツバメ号とアマゾン号をはじめとする「北のみずうみの物語」では、ランサムが子供時代からしばしば休暇を過ごしたイングランド北部の湖水地方<Lake District>がその舞台となりました。そして、ランサムはその物語の中で、子供たちが冒険をするのにこれ以上おあつらえ向きの場所はない、と私たちに思わせてしまうほど、実に見事に実在する湖水地方の自然や景色を描いています。後にランサムは、友人のひとりにこの北のみずうみは、『湖水地方のウィンダミア湖とコニストン湖のそれぞれの岸を合体させたもの』と言い、自身の自伝の中でも、『子どものとき私の本を読んだ人たちは、私がコニストン湖のピール島南端にある小さな秘密の港を読者に内緒にしておくために、ウィンダミア湖のブレイク・ホウムという島に移し替えたことにお気づきであろう。』<The Autobiography of Arthur Ransome. Edited by Rupert Hart-Davis.Cape,1976>と書いています。これらのことから、物語に出てくる「北のみずうみ」は、実在する湖や地形を参考にしながらも、ランサムが創り出した想像上のものである、ということが今や定説となっています。 その「北のみずうみ」を舞台にした物語の中でも、「ツバメ号とアマゾン号」「ツバメの谷」は、ジョン、スーザン、ティティ、ロジャのウォーカー家の子供たち、とりわけジョンやティティを中心としてお話が進んでいきます。

「ツバメ号とアマゾン号」は、12冊の始まりとなった記念すべき物語です。ウォーカーきょうだいのロジャが帆船となって、右左に間切りながら野原を駆け登っていく冒頭のシーンは、この作品のみならず、その後に続く12冊の冒険の始まりを予感させるに相応しい書き出しと言えるものでしょう。この物語の舞台となった「北のみずうみ」やそれを取り巻く山々、湖に浮かぶ島々などの自然に関する描写は、私たちが本当にそこにいるかのような錯覚に陥ってしまうほど、実に見事に描かれています。そして、湖の島でのキャンプ生活や小帆船ツバメ号での帆走は、私たちにとってなかなか経験することのできない夏休みの過ごし方を教えてくれます。ツバメたち(ウォーカーきょうだい)とアマゾン海賊(ナンシイとペギイのブラケット姉妹)やサーガの中で重要な位置を占めることになるフリント船長との劇的な出会い、お互いの船を分捕るための秘策が繰り広げられる海戦、泥棒が隠したフリント船長の宝探しなど、子供たちや子どもの心を持ち続けている大人たちが読んだら本当に喜びそうな遊びや出来事が満載されています。この物語の中で詳細に描かれた帆船やキャンプでの食事の場面などが 以後の物語にも受け継がれているのを見ると、本当にこの物語から、そしてこの「北のみずうみ」からランサムサーガが始まったことを実感できるでしょう。

2作目の「ツバメの谷」は、前作「ツバメ号とアマゾン号」の続編とも言えるもので、前作では紹介されなかった「北のみずうみ」の周辺の地形が詳しく描かれています。ツバメたちが難破してしまった馬蹄湾、ツバメ号が修理されてくるまでの間、新しいキャンプ地として過ごすことになったツバメの谷、そのツバメの谷にあるピーター・ダック洞窟やズボン破りの坂、大きなマスを釣り上げたので命名されたマス湖、ハイ・ムーアと呼ばれる荒野、そのハイ・ムーアの向こうにある大きな山カンチェンジュンガなど、前作以上にランサムが実際に親しんだ場所がふんだんに使われています。この物語では難破という大事件をきっかけとして、舞台は湖から陸地へと変わっていきます。カンチェンジュンガを征服する場面では、ツバメたちが野宿をしたり、ヤギを見つけたロジャが崖にザイルで宙づりになったりと色々な出来事が立て続けに起こります。山の頂から眺めた景色も詳しく描写され、同時にアマゾン海賊たちのお父さんはどうやらいないらしいことも暗示されたりして、カンチェンジュンガ登頂はこの物語の中でひとつのクライマックスとなっているような気がします。そして、この物語を通じて 、アマゾン海賊たちの行動を大いに制限してしまうヴィクトリア朝の権化のような大おばさんの登場に読者である私たちはびっくりさせられ、その犠牲となってしまうナンシイとペギイには、いたく同情をしてしまうのです。そして、大おばさんが帰って後で再び湖を舞台に行われるツバメ号とアマゾン号のヨットレースの描写は、帆走好きなランサムの面目躍如といったところでしょうか。

4作目の「長い冬休み」は、題名からも察しがつくとおり、冬を舞台にした物語で、新しいキャラクターのディックとドロシアが、「北のみずうみ」の湖畔に滞在しているところからこの物語は始まります。ちなみに、ウォーカーきょうだいは、小帆船ツバメ号の乗組員であるため、ツバメたちと呼ばれているし、ブラケット姉妹は、自らを「アマゾン海賊」と呼び、自分たちのディンギイもアマゾン号と名付けました。ところが、ディックとドロシアのカラムきょうだいは、ここでは、自分たちの小帆船を持っていないため、彼らは、他の子供たちからディックとドロシアの頭文字Dをとって、D’s(Dきょうだい)と呼ばれることになりました。そして、この物語は、ツバメたちやアマゾン海賊たちではなく、新しいキャラクターのD’sが主役です。物語の進行も主としてドロシアの視点から説明されていきます。都会の子どもであるD’sは、屋外経験豊富なツバメたちやアマゾン海賊の手ほどきを受け、ボートを漕ぐことや手旗信号、モールス信号などを習ったりします。子供たちがお互いの存在を知ることとなったきっかけは、ディックが丘にある小屋を天文台、ツバメたちが泊まっている農場を 火星に見立てて、懐中電灯で信号を送ったことだったのですが、これは、「火星通信」と呼ばれ、後にランサムの書簡集にこの名前が使われるほど、有名な場面となりました。子供たちのリーダーだったナンシイがおたふく風邪にかかってしまい、ペギイが奮闘するのもサーガの中では珍しいケースと言えるでしょう。この物語の前に発表された作品、「ヤマネコ号の冒険」でランサムは悪者どもが竜巻に吸い込まれる、という劇的な場面を作り出しました。終盤にクライマックスを用意して、読み手をグングン引きつけていく、という手法は、ブリザードの中をついてD‘sが凍った湖を北へと氷上ヨットで爆走する場面にも受け継がれています。

6作目の「ツバメ号の伝書バト」も「長い冬休み」同様、3きょうだいが登場する物語ですが、季節は再び夏を舞台にした物語となりました。そして、この物語も「ツバメの谷」同様、湖そのものではなく、ハイトップスと呼ばれるカンチェンジュンガの麓にあたる高原地帯が舞台となりました。この作品の中で子供たちは、自分たちを金を探す鉱山師として置き換えていて、やはり金を探し回っているらしいライバルの「つぶれソフト」をなんとか出し抜こうと知恵を絞ります。同時にこの物語では、最後で正体が発覚するなぞの生き物(?)のティモシイが重要な伏線となっているのですが、読み手である私たちも子供たちと同様、それはアルマジロだと思いこまされます。金だと思った鉱物が実は銅だったり、ティモシイの正体を動物だと思いこんでいたり、この物語は案外「勘違い」がサブテーマかもしれません。そして、この物語では、2つのクライマックスが用意されています。ひとつは、子供たちが落盤にあって坑道の中に閉じこめられてしまう、という場面で、もうひとつは、物語の最後で起きるハイトップスの火事です。この物語を創作した頃から、ランサムは児童文学作家としての円熟期を 迎え、その年で一番優れた児童文学作品に贈るという目的で創設されたカーネギー賞の第一回目の受賞をこの「ツバメ号の伝書バト」で受けることとなりました。ちなみに、ランサム自身は、この作品を「ハイ・トップス」という名前にしたかったのだそうですが、出版社のジョナサン・ケープはそれを許しませんでした。

「北のみずうみ」シリーズの最後となったのは、11作目の「スカラブ号の夏休み」です。題名に関して、サーガのなかでこれほど原書と邦訳とが異なったものも他にはありません。昭和38年に出版された「シロクマ号となぞの鳥」における神宮輝夫氏のあとがきの中でも、この本の紹介は、原書を正確に訳した「ピクト人と殉教者」となっていましたが、子供たちが読む本の題名としては、あまり相応しくなかったのでしょう。ちなみに、スカラブ号とは、この物語でD’sが初めて所有した小帆船のことで、そのスカラブとは古代の昆虫のことを指しています。そして、この物語では、「ツバメの谷」に出てきた、あの招かざる大おばさんが、ふたたび登場します。そして、今度大おばさんに振り回されるのは、ナンシイとペギイを除けば、ツバメたちではなくて、D’sの二人です。大おばさんがやってきたためにアマゾン海賊たちの家から追い出される羽目になってしまい、自分たちだけで代わりのねぐらの森の小屋で生活を送らなければならなくなったD’sとふたたび登場する「つぶれソフト」。そして、大おばさんを絶対に彼らに会わせまい、とするアマゾン海賊の気苦労が、コミカルに描かれ ています。「ツバメ号の伝書バト」で子供たちが作った「ティモシイの小屋」も意外な使われ方をされ、全体的に劇的なクライマックスには乏しいものの、ヒヤッとする場面の見せ方はちゃんとランサムも心得ていて、十分に私たちを楽しませてくれます。
 ノーフォーク・ブローズの物語
4作目の「長い冬休み」を書き上げたランサムは、「ツバメ号シリーズ」はこれでおしまい、と考えていたらしく、1931年に友人とともに帆走したノーフォーク・ブローズを新たな作品の舞台として取り上げました。最初の頃の構想では、この5作目の「オオバンクラブの無法者」の主人公はドロシアとディックではなく全く別の人物を考えていたようです。「北のみずうみ」シリーズとは異なり、ブローズの物語は実際に存在する地形をそのまま舞台として使っています。そして、ディックとドロシア以外の登場人物は、私たちにとって初めて知るキャラクターばかりです。そのせいかどうかわかりませんが、1巻から続いてきた物語の連続性がここにきて、ふいに無くなってしまったような感じを受けないでもなく、この「ノーフォーク・ブローズの物語」は、別シリーズであるかのような雰囲気を持っている作品とも言えそうです。もちろん、帆走という大きな主題はちゃんと引き継がれていますし、むしろそういう点では、この「オオバンクラブの無法者」は、帆走技術に関する記述は湖シリーズよりも多く、かつ仔細に書かれているような気もします。しかし、この物語は、「北のみずうみ」 シリーズではほとんど描かれなかった「ワルモノ」どもも登場しますし、ブローズに生息する鳥やブローズそのものがキーワードになっている物語でもあります。また、子供たちだけで過ごす休暇の物語というのでもなく、大人も関わる普通の社会生活の中でお話が進んでいく、という点で、「六人の探偵たち」同様、今までの物語とは大きく異なる物語と言えそうです。

9作目の「六人の探偵たち」も引き続き、ブローズが舞台の物語です。「オオバンクラブの無法者」で登場した宿敵ジョージ・オードンは、この物語でも再び登場し、キーパースンとして重要な位置を占めるのですが、この「六人の探偵たち」は、ちょっとした探偵小説といったタッチで書かれています。ところで、この物語の主人公は、ディックやドロシアというよりも、むしろ「オオバンクラブの無法者」でも登場したジョー、ビル、ピートの三人の少年たちです。彼らは、所有するボートの名前から「死と栄光号」の三人、と呼ばれるのですが、彼らは船工場に勤める父親たちを親に持つ子供たちです。Dきょうだい、ツバメたち、アマゾン海賊たちは、英国の中流階級以上の子供たちですが、ブローズにしっかり根を下ろして生活している彼らの描かれ方は、例えば食事ひとつを取ってみても、ツバメたちのものとは些か違います。しかし、作中で登場する3人の母親たちが自分たちの息子が罪を犯すような子どもではない、と固く信じているところは、「オオバンクラブの無法者」の中のトムと母親の関係や、「ツバメの谷」で難破したツバメたちと母親の関係にも通ずるところがあるような気がしま す。ただ、少し残念なことは、オープニングのノーフォーク・ブローズの地図が、「オオバンクラブの無法者」と全く同じ、ということで、これはもうちょっとどうにかならなかったのかな、と思います。しかし、これについては、実際のところ、第二次世界大戦の最中に、ドイツ軍の爆撃によって見開きの地図を含む挿し絵の原板が焼失してしまったたため、こういう結果になってしまったようです。
 イングランド東海岸の物語
ディックが物語に登場するようになってからは、端に追いやられた感じのジョンでしたが、再び主役として登場したのが、7作目の「海へ出るつもりじゃなかった」でした。舞台となった場所は、ディックとドロシアが活躍したノーフォーク・ブローズと同様イングランドの東海岸なのですが、驚く事なかれ、この物語の中心となる部分は、北海の洋上です。その北海を、しかも夜の嵐の中を子供たちだけで横断する、というこれは本当の海洋冒険小説です。「ヤマネコ号の冒険」と「女海賊の島」を除けば、英国の国内が舞台で、帆走とか金鉱探しなど子供ならではの冒険をしていた彼らだったのですが、この物語では全くテーマの異なった世界を見せてくれます。この作品では、前半からクライマックスが訪れます。嵐の海に立ち向かうジョンの行動に我を忘れ、スーザンの船酔いと涙に驚き、映画もかくや、とばかりの異国での父親との再会。シリーズの中ではやや特異な作品と言えるのかもしれませんが、この物語はランサムの最高傑作かもしれません。事実、この作品をランサムのベストとする読者はかなりいらっしゃるようで、英国とか日本を問わず、非常に人気の高い作品です。

その直後に起きた出来事を描いたのが、8作目の「ひみつの海」です。この物語の舞台は、イングランド東海岸にあるサフォークのショットリー半島から南に少し下ったところにあるサセックスのウォルトン・バックウォーターズと呼ばれる海岸湿地帯です。実際の名前は作中では登場してきませんが、子供たちによって「ひみつの海」と呼ばれ、その中のひとつの島にツバメたちが捨て置きされるところから物語が始まります。この物語では、あとにもさきにもほとんど登場する機会がなかったツバメたちの末っ子ブリジットが大きな役どころを占めます。そして、この作品の中心的なテーマは、このひみつの海の地図作りです。その地図作りの過程で、マストドンと呼ばれる少年やウナギ族と称する子供たちが大きく関わることになり、結果的にサーガの中でも最もたくさんの子供たちが登場する物語となりました。ここでのクライマックスは、年少のツバメたちにあやうく水難が降りかかる、という場面ですが、全体的に子供たち同士の関わり方にポイントが置かれているような感じがします。他の物語にもしばしば見られる、子供たちならではの誤解とか悩みなどがこの物語でもところどころに描かれて いて、単に「楽しい休暇の記録」に終わっていないところが、いかにもランサムらしいところ、と言えるのではないでしょうか。

このイングランド東海岸を中心にした物語にせよ、ノーフォーク・ブローズの物語にせよ、生涯頻繁な転居を繰り返したランサムが、ある時期に住んでいたことがきっかけとなって作られたものです。
 その他の物語
そして、ファンから微妙な扱いを受けているのが、「ヤマネコ号の冒険」、「女海賊の島」、「シロクマ号となぞの鳥」の3冊です。この3冊は、ランサムファンからは、子供たちの創ったお話またはファンタジーという評価を受けることが多いようです。個人的には、いずれもランサムが作った物語なので、どの物語であっても実際に登場人物たちの身の上に起こった出来事、と思いたいのですが、このようなことが話題になる、というのもランサム作品ならではと言えることかもしれません。「ヤマネコ号の冒険」はランサムの第3作目として1932年に発表されました。ランサムは実際には、カリブ海へ行ったことはないのですが、ツバメ達のモデルとなったアルトゥニアン家の子供たちに会いに、正確には消化器系の持病を治療するために、同じ年にイギリス海峡を下って地中海経由でシリアまで行きました。恐らく、そのときランサムが見た実際の景色や光景は作中に使われているものと思われます。この物語は、よく知られているよう にツバメ達とアマゾン達が最初に出会った年の冬休みに、フリント船長につれられて行ったノーフォーク・ブローズの船の中で創ったお話です。題名の邦訳も原書とは相当異なりますが、かりに原書どおり「ピーター・ダック」としたなら、つとに名高い「ピーター・ラビット」のまがいものと勘違いされる恐れが十二分にあったことでしょう。日本でのこの物語の評価は、いまいちのような気がしますけれど、英語圏の読者には結構人気のある本です。

「女海賊の島」は、「六人の探偵」が出た1年後の1941年に発表されました。いろいろ資料を漁ってみましたが、ランサムがなぜ中国を舞台にしようと考えたのか、についてはよくわかりません。北部の湖シリーズやイングランド東部(East Anglia)の作品については、物語の舞台となった場所に関しては、ランサム自身が住んだところとか帆走したところを題材にしているのですが、「女海賊の島」の舞台となった中国へは1度しか行ったことはありませんでした。詳しい説明はないのですが、原書の見開きには子供たちが創ったお話、とのコメントがありますので、ランサムは、「ヤマネコ号の冒険」の延長線という位置づけでこの物語を書いたのでしょう。このようなファンタジーものに関しては、どうやらランサムは、D’sを登場させたくはなかったようです。(特に、科学者的なディックは、活躍する機会はあまりなかったのでしょう。)しかし、子供たちが創ったお話だとすると、優等生のロジャ、という設定について他の子供たちがよく反対しなかったものと思ったりします。

最後の物語となったのは、「シロクマ号となぞの鳥」でした。1930年に出版された「ツバメ号とアマゾン号」をはじめとして「スカラブ号の夏休み」まで、ほぼ1年に1冊の割合、長くても2年で作品を書き上げてきたランサムが、「スカラブ号の夏休み」を発表してからこの「シロクマ号となぞの鳥」を完成するまでには、4年もの歳月が流れていました。そして、このとき、ランサムはすでに63歳になっていました。最後の物語となってしまったこの「シロクマ号となぞの鳥」は、舞台が馴染みある湖でもなく、ノーフォーク・ブローズでもない、ということや今まで見たこともない、スコットランド高地の少年がイントロの部分から登場する、という設定など、それまでランサムの作品に親しんできたファンにとっては、少し肩すかしを食わされた感じの作品に仕上げられています。これであの子供たちとは二度と会うことが出来ない、という一種寂しさのような感情を持つファンもたくさんいるようです。しかし、よく練り上げられたストーリーとエンディングのクライマックスは、「ランサム節」の集大成とも言えるものて゜、個人的には最も好きな作品のひとつです。

ところで、日本のランサムサーガの出版状況は、、本場英国のそれと違って、昭和42年を皮切りに出版されたアーサー・ランサム全集に先駆け、昭和33年に「ツバメ号とアマゾン号」が、昭和36年「ツバメ号の伝書バト」、そして昭和38年には「シロクマ号となぞの鳥」が出版されました。このような状況があるので、この頃に少年少女の時期を迎えていた人にとっては、最初に読んだランサムの本は、必ずしも「ツバメ号とアマゾン号」ではないケースが存在します。もちろん、全集の中で最初に読む本が必ずしも「ツバメ号とアマゾン号」ではなく、「海に出るつもりじゃなかった」などという場合もあるでしょうけれど、少なくとも昭和33年から41年にかけては、原書を読むことが可能だった人を除き、ランサムの本はこの3冊しかなかった、という我が国ならではの特殊事情があります。ランサムの中で一番好きな本は?と聞かれたとき、最初に読んだ物語を挙げる人は多いようなので、「ツバメ号の伝書バト」が一番好き、とか「シロクマ号となぞの鳥」が一番、という人も結構多くいたりするのではないか、と思います。

ともあれ、ランサムは「シロクマ号となぞの鳥」を最後に子供たちの本を書くことは二度とありませんでした。ただし、「シロクマ号となぞの鳥」が出版されてから2年後には、(後にヒュー・ブローガンによってCoot in the northと名付けられた)13作目の本を書こうとしました。これは、馴染みの北部の湖で、D’sやナンシイたちと死と栄光号の三人が出くわし、新たな冒険が始まる、というストーリーになるはずだったのですが、老人となってしまったランサムには、子供たちの出会いの後に起こる出来事について、もはや新しい閃きが生まれてくることはなく、結局その物語を完成させることはありませんでした。
 ルールを守る、ということ
しかし、ランサムが作った12冊の物語は、今から3/4世紀近く前に出版された作品であるにも関わらず、少しも古くささを感じさせません。本の中で子供たちは、実に生き生きと自然の中で自分たちの時間を創造していますし、また、その自然を相手に遊ぶということがどれほど人間にとって楽しいことなのか、ということも改めて思い出させてくれます。
そして、ランサムは自然の中で遊ぶ子供たちの行動を通じて、あるひとつのことを教えてくれています。それは、ルールを守る、ということです。例えば、どんな場所にいるときでも子供たちはゴミなどを残して立ち去ることはありませんし、帆走するときには、そのルールを徹底して守っています。また、物語の中では、親とも離れて過ごすことになるのですが、連絡もキチンと行い、親がほったらかしにする、ということは全くありません。(ただし、物語の進行上、いくつかの作品については、それが出来ない場面はありますけれど。)
多分に時代が違う、ということもあるのでしょうが、社会や自然との関わりにおけるルールを子供たちはよく理解しているのです。これはきっとランサムの信条であり信念だったと思うのです。いつの時代でも子供たちは自分たちの遊びを創造することについては、天才的な才能を持っています。でも、そうだからといって親が好き勝手なことをさせてもよい、ということは決してありませんよね。
ランサムの物語は、今の日本には少々欠落した道理までも教えてくれているような気がします。
Swallows, Amazons & D's For Ever !