2つの説

まず、『実際に子供たちの身の上にはおこらなかった創り話』説の根拠は、どういうところにあるのでしょうか。これは、概ね、次のようなことが言われているのではないか、と思われます。
  1. 季節や時期が明示されていない。大オオハムの繁殖期は4月から5月あたりで、学校の授業があるこの時期に子供たちが長い休暇をとれるとは思えない。だから、これは創り話である。
  2. 物語の最後のところで銃が発砲される描写がある。『実際に子供たちの身の上にはおこらなかった創り話』であるところの「ヤマネコ号の冒険」「女海賊の島」においても同様に銃が発砲される場面がある。だから、これは創り話である。
  3. 聞いたこともない船(シロクマ号)や人物(マック、ヤンなど)が次から次へと登場する。舞台となったヘブリデス諸島も馴染みのない場所である。だから、これは創り話である。

反対に『実際に子供たちの身の上におこった物語』説はどうでしょうか。                     
  1. 「シロクマ号となぞの鳥」の冒頭には、『ツバメ達とアマゾン海賊達によってもたらされた情報に基づく』とのコメントがない。したがって、これは創り話ではない。
  2. 銃が発砲される場面は、犬に向けて発砲しようとしたもので、人間(子供たち)に向けたものではない。しかも、発砲した際には、安定感に乏しいおりたたみボートに水夫が立ち上がってしまい、その不安定さが原因で思わず発砲したものである。(かのように読みとれる。)したがって、これは創り話ではない。
  3. ヘブリデス諸島は、はずれにあるとはいうものの英国内なので、行こうと思えば行ける距離にある。したがって、これは創り話ではない。

この他にも両者とも色々な主張があると思われるのですが、『実際に子供たちの身の上にはおこらなかった創り話』説の強いところは、1.でしょう。確かに、ランサムはこの物語に関して、明確な時期を記していませんし、想像出来るような根拠も示していません。だいたいが、この物語のプロットの段階でも、「時期?そんなこと知るか!」などのメモを残している(ただし、6月が最良、と考えていました。)ので、ランサム自身もここらあたりの整合性については無頓着だったのではないか、と思ったりしてしまいます。

逆に『実際に子供たちの身の上におこった物語』説が強いのは、T.です。なんといっても、ランサム自身が『ツバメ達とアマゾン海賊達によってもたらされた情報に基づく』とコメントしていないのだから、これは子供たちが創ったお話などではなさそうに思えます。おまけに冒頭には、読者に悟られないようにわざとどこかわからないような書き方をしていることや鳥達をさわがすようなことがあれば子供たちおよびランサムから敵とみなされることなどを書いたNoteが挿入してあること、本当の名前を記すとこの問題の場所がどこであるかすぐにわかってしまうので、領主の名前や直前に入港した港の名前は記すことができないと文中でことわっていること、などはこの物語が『実際に子供たちの身の上におこった物語』であることを指し示しているような印象を与えます。
確かに、領主の名前など架空のものを考え出せばそれでよいわけですし、「もっともしごくな理由があって、シロクマ号が最初に立ち寄った港の名前は記すことが出来ない。」というのも、少しでも本当の出来事として物語を展開したかったランサムの思惑があったからでしょう。









































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