本当にあったこと

『実際に子供たちの身の上におこった物語』を支持する理由は、他にもあります。

第一に、子供たちが創造したお話なら、その中の主人公は強烈な個性を持った人物が登場していなくてはなりません。現に子供たちが創ったお話である「ヤマネコ号の冒険」や「女海賊の島」にしても、それぞれピーター・ダックやミス・リーという重要な大人のキャラクターがヒーローまたはヒロインとして登場しています。「シロクマ号となぞの鳥」には、このようなキャラクターは登場していません。物語の冒頭から登場するヤンにしても物語の中での役割はヒーローと呼べるような立場ではありませんし、ましてやジマリング氏はヒールであってもヒーローではありません。主役はあくまでもディックなのです。子供たちが創ったお話なら、仲間の誰かを主人公にするのではなくて、架空の人物をヒーローとして創り出すのではないでしょうか。

第二に、『実際に子供たちの身の上におこった物語』のほとんどに使われている重要なテーマがこの「シロクマ号となぞの鳥」にも使われている、ということがあります。それは、何かを発見する、ということです。このテーマで他のサーガを改めて眺めてみると、次のような発見があったことがわかります。
「ツバメ号とアマゾン号」・・・ツバメ号、ヤマネコ島、秘密の港、フリント船長のトランクなど
「ツバメの谷」・・・・・・・・・・・・ツバメの谷、ピーター・ダック洞窟、カンチェンジュンガの頂上で見つけた真鍮の箱
「長い冬休み」・・・・・・・・・・・北極、岩山でうごけなくなった羊
「ツバメ号の伝書バト」・・・・金と思った銅、水脈占いで見つけた水、
「秘密の海」・・・・・・・・・・・・マストドン、北西航路
「六人の探偵」・・・・・・・・・・犯人
他にも少々強引な解釈をすれば、「海に出るつもりじゃなかった」ではお父さんやシンバットを、「スカラブ号の夏休み」では大おばさんを発見(?)したほか、発見、という行為は作中に重要なテーマとしてたくさん描かれています。でも、一番大きな発見は、今までの諸説をひっくり返すほどの価値がある、「大オオハムの巣づくり」ではなかったでしょうか。(もっとも、子供にとって価値のあるものかどうか、ということについては問題がありますけれど。後述、最後の記録参照。)
発見、という行為が『実際に子供たちの身の上におこった物語』の中に大きな主題として描かれている以上、この「シロクマ号となぞの鳥」も『実際に子供たちの身の上におこった物語』として位置づけてもよさそうな気がします。

第三に、「シロクマ号となぞの鳥」には、過去に実際にあった出来事が実によく出てきます。ドロシアの「北極へ最初に行ったのはだれなのよ。」発言とかジョージ・オードンとの戦いを思い出したこと、「カンチェンジュンガをわすれないで。」というティティの言葉、スピーディ号のマストドンのことを回想したロジャなど以前に体験したことが次々と作中で紹介されています。これらは、「シロクマ号となぞの鳥」が『実際に子供たちの身の上におこった物語』と連続していることを示しているように思えます。3冊目の物語である「ヤマネコ号の冒険」では、紹介すべき事由は、まだあまりなかったであろう、と考えられるのでこれはともかくとして、10冊目である「女海賊の島」の中には、このような回想はお話の中にはありません。






































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