連続した物語

前作「ツバメ号とアマゾン号」のラストで、ツバメたちとアマゾン海賊たちは、次の夏休みも北部の湖で再会することを誓いました。そして、その次の夏休みにおこった出来事が、この「ツバメの谷」には描かれています。
ランサムは、明らかに前作からのつながりを意識してこの物語を作り上げました。冒頭で、ツバメたちが、ツバメ号に乗ってヤマネコ島へ向かう場面にもそれは強調されています。

一年がすぎさり、いまはまた八月だった。ウォーカーの四人きょうだいは、きのう南からやってきた。「ツバメの谷」10ページ

しかし、物語の中では、彼らは最初に出会った年の冬休みにフリント船長に連れられてノーフォーク・ブローズを訪れ、貨物船の中でピーター・ダックの物語を創作したことになっています。実際、「ツバメ号とアマゾン号」を書き上げた後、ランサムの頭の中では既にPeter Duckの構想が出来上がっていたので、2作目となったこの「ツバメの谷」で早くもピーター・ダックという名前を登場させたのですが、ランサムが当初考えていた「ヤマネコ号の冒険」<Peter Duck>は、現在私たちが読んでいる物語とは、ぜんぜん違った展開になる予定でした。その当初に考えていた物語の一部は、Their Own Storyとして、Arthur Ransome and Capt Flint's Trunk,Christina Hardymentの中に紹介されています。そして、そのTheir Own Storyについては、Naoto KIMURAさんが内容やエピソードについて紹介されていますので、ご覧になってみて下さい。
Naoto KIMURAさんの「書かれなかった2作目」へ



始まりの時期

そして、この「ツバメの谷」にも、私たちを悩ませる問題が存在するのです。それは、ランサムサーガのはじまり(つまり、「ツバメ号とアマゾン号」の物語)はいったい、いつ起こった出来事なのか、ということです。(蛇足ですが、物語の場所がどこであるか、とかその年はいったいいつのことか、などの疑問が出てくる段階で、既にランサムファンは、シャーロキアンのごとき領域に足を踏み入れた、と言っていいでしょう。)
「ツバメ号とアマゾン号」と「ツバメの谷」の間には、連続した時間的つながりがあることは、上記のとおりですが、年代に関する具体的な記述については、それぞれの物語の中で、次のように書かれています。

『われ、ツバメ号船長ジョン、ならびに、われ、アマゾン号船長ナンシイは、われらの船ならびに乗組員のために、ここに攻守条約を結ぶ。1929年8月、ヤマネコ島なるこの地において署名封印されたり。』     「ツバメ号とアマゾン号」142ページ〜143ページ

1931年8月11日。われわれはカンチェンジュンガに登頂した。』  「ツバメの谷」415ページ

「ツバメの谷」で書かれている年が、1930年であるとしたら、これは何の問題もなかったのでしょうが、1931年とあることで、熱心なランサムファンは頭を悩ませてしまうのです。



年代に無頓着だったランサム?

しかし、単純に考えると、この、年に関する不連続の原因は、次のどちらかしか考えにくいのです。それは、ランサムが勘違いした、か、それともわざとそうした、かです。番外編の原因として、手書きの原稿には、1930年と書いていたが、タイプするとき、もしくは、印刷機にかけるときに誤って1931年としてしまった、ということもありますが、もしそうであれば、ナハダース(なんのことかは、ドンキイさんのページを見て下さい。)ほどには笑えない罪作りなケアレスミス(誤植?)であったに違いありません。
ドンキイさんの「謎の言葉」へ





ランサムの勘違いだとすると、1931年に 「ツバメの谷」に着手したとき、2年前に書き終えた「ツバメ号とアマゾン号」の中で、ツバメたちとアマゾン海賊たちの同盟の日を1929年と明記していたことを失念してしまい、問題の箇所をつい1931年としてしまった、ということになります。しかし、そうであれば、ランサムのことですから、間違いをしてしまった、という意味の手紙ないし、記録が残っていてもおかしくはありません。実際、「女海賊の島」の中で、フリント船長が子供たちに送ったSOSの手旗信号の手紙には、8箇所もの間違いがあったことが出版後にわかっています。(これは、ガールスカウトの少女たちが発見した。)これについて、ランサムは、出版社に出した手紙の中で、「まったく、あのいまいましいフリント船長ときたら・・・」と、自らの不手際を嘆いています。

人間である以上、間違いはつきものですが、考えるにどうも、この、「年代問題」は勘違いではなく、わざとではなかったか、と思われてなりません。正確にいうと、わざと、というよりも、単に当時執筆していた年を記入したにすぎない、のではないかと。「ツバメ号とアマゾン号」は、1929年に執筆を開始し、1930年に出版されました。「ツバメの谷」は、1931年に着手してその年のうちに出版されたものです。当時、ランサムは、「ツバメ号シリーズ」をその後も12冊にわたって書き続ける、という考えはなかったと思われます。また、自分のファンが(ましてや私たちのような日本人が)年代考証で悩む、などとは露ほども思っていなかったことでしょう。舞台となった「場所」に関しては、子供の時から自分が愛した地でもあり、また、アルトゥニアン家の人たちとの想い出がたくさん詰まっていたところでもあったので、北のみずうみのロケーションは、それがどこかわからないように巧妙にカモフラージュしました。(もちろん、知る人が読んだら、すぐにそれとわかる程度に。例えば、その人たちがアルトゥニアン家のように。)
ところが、時間に関して言えば、物語の進行上、「時の流れ」については当然のことながら不可欠の要素だったものの、ピンポイント的な特定の期日に関しては、物語が展開する上では全く必要がなかったのです。ランサムはこの「年」の記述に際しては、ほとんど神経を払うことなく、単に執筆当時の年を書いたに過ぎなかったのではないでしょうか。このことを拡大していくと、サーガの物語がいつの年にあった物語か、ということもランサムの頭の中では、ほとんど考慮されておらず、後のランサムファンが単に騒いでいるだけ、なんて結論になったりもします。しかし、ランサムサーガを読む上で、場所を推察するとか、年代を検証する、というのは、ひとつの楽しみ方でもあり(特に場所に関しては、私はただならぬ好奇心を持っています。^_^:)、こんな楽しみ方があることを知ったとしたら、天国にいるランサムはきっと苦笑することでしょうね。年代に関する考察については、ドンキイさんがご自身のホームページで、月齢という観点から、独自の考察を行っていらっしゃいます。
ドンキイさんの「ランサムサガ時空構造」へ




ハイムーア

さて、その場所に関することです。
(The MapsのThe Lake in The NorthとThe Houses & The Placesをご覧いただくとよくおわかりになるとなると思います。)
「ツバメの谷」は、前作と違って陸地が舞台となっています。この物語の中で、私が特に興味をひかれたのは、荒野、つまり、ハイムーアです。少なくとも、日本では子供が山岳地帯の荒野をえんえんと歩く、なんてことは想像できませんが、ツバメたちは、いわばピクニック感覚でカンチェンジュンガを目指して荒野を行軍しています。「ツバメの谷」のありかも気になるところですが、それは、The Houses & The Placesの項をご覧いただくとして、このハイムーア、実際の場所はどこらへんのことを言っているのでしょう?
In Search of Swallows and Amazons,Roger Wardale,1997では、Fisher HighとかLittle Arrow Moorというところがそうではないか、と言っていますし、Arthur Ransome and Capt Flint's Trunk,Christina Hardyment,1992では、Torver Beckの西側のどこか、とのことですので、ランサム研究に関する大御所のご両人ともだいたい同じ地域をハイムーアとしているようです。ここらへんの地域をもう少し詳しく見るということになると、THE ENGLISH LAKES Souse Western area,Ordnance Surveyなどの地図が必要になりますが、大ざっぱに言って、コニストン湖の西岸ほぼ中央から少し内陸部に入ったところのTorverの西側、 High Commonと呼ばれる一帯がどうやらランサムがハイムーアとイメージしたところのようです。これは、Christina Hardymentさんの言う、Torver Beckの西側とも符合しますし、Roger Wardale氏が言うところのLittle Arrow Moorもここと隣接する位置に存在します。このHigh Commonというところは、約5千年くらい前にどこからか移住者がやってきたことがわかっていて、現在は彼らが暮らしていた頃の遺跡を見ることが出来るそうです。当時のTorver周辺のほとんどの土地は、今と違って森が生い茂っていて、谷は一面の湿地帯でした。その移住者たちにとって住むことのできた唯一の場所がこのHigh Commonだった、ということですが、今度、コニストン湖周辺へ行く機会があれば、こんな荒野を歩いてみたいものです。

sd_1 Torver beck上流から (左Dow Crags,右The Oldman)





sd_2 中央The Oldman,The Oldmanの下がLittle Arrow Moor,道路左側がHigh Commonの端にあたる.





sd_3 コニストン西岸からのThe Oldman,左側の森林の向こう側がHigh Common.





sd_4 Torver Beck上流.もう少し行くとGoat's Waterに出る.

物語に登場する地名

これから先のことはマニアックというか、かなり細かい話になります。

この「ツバメの谷」では、実在するだろうと思われるどこかの地名や場所の名前を変えて、本文中によく登場させています。どんな地名が登場しているか、次をご覧下さい。

ビッグランド,Bigland(144ページ)
ローエンド,Low End(274ページ)
ロングフェル森林,Longfell Wood(277ページ)
ブロックストーンズ,Brockstones(277ページ)
ユーダル橋,Udal Bridge(368ページ)
ウォーターズミート,Watersmeet(380ページ)
ヒールド森,Heald Wood(456ページ)
ハイストリート,High Street(504ページ)

このほかにも、カンチェンジュンガ登頂時には、現実に存在する地名が登場しますが、それらは別にして、これらの場所や地名にはモデルがあるのでしょうか。
とりあえず、
The English Lakes South Western Area,Ordnance Survey(1:25,000),
The English Lakes South East Sheet,Ordnance Survey(1:25,000),
Landranger Barrow-in-Furness & South Lakeland,Ordnance Survey(1:50,000),
Walks Around CONISTON,Footprint
を見てみることにします。

ビッグランド,Bigland
 Niftyの会議室「てぃーるーむアーサー・ランサム」でも取り上げられたことがあり、その結果は、ドンキイ真田さんのサイトでも公開されています。ウィンダミア湖の南端LakesideからRiver Leven沿いに南西へ4kmほど行き、そこから南へ約1.5kmほど下ったところに、Bigland Hallというパブ風な名前の地域があります。もし、ここに居酒屋があるとしたら、「ツバメ号とアマゾン号」で若いビリーが言ったことにも符合しますし、教会でもあったとしたら、スウェンソンおじいさんの言葉とも一致します。
ローエンド,Low End
 コニストン湖やウィンダミア湖があるFurnessという地域には、Low〜とか〜Endという地名は至る所で見受けられます。Low Endというそのものずばりの名前は、私の目では発見できませんでしたが、仮にBeacon Tarnがマス湖でその東側にツバメの谷があるとすると、そこから、犬の鳴き声などを聞くことの出来る範囲にある集落、というのは、コニストン湖の西岸南端にあるLake Bankか、もう少し離れたところにあるWater yeatというところくらいしか考えられません。
ロングフェル森林,Longfell Wood
 Long〜という名前はそう多くはないものの、地図上では確認することが出来ます。〜Fellというのは、高原地とか丘原につけられている名前(岩山のようなところを言うことが多いようです。)で、極めてポピュラーな呼び名ですが、Longfell Woodというところは、確認することは出来ませんでした。Beacon Tarnがマス湖でその東側にツバメの谷があるとすると、そこの付近には現在、森というのはほとんどありませんので、ロングフェル森林が述べられている箇所、つまり集跡追いのシーンで見張り塔から見た風景が語られている場面、は、どこか他の場所から見た景色の描写かもしれません。
ブロックストーンズ,Brockstones
 この名前も集跡追いのシーンに登場します。これは、固有の場所を示す言葉ではなくて、所有地などの境界に、低く壁状に積み上げられたスレートのような石の集積、のことかと思いましたが、それらは、どうやらwallとか呼ばれているようなので、このブロックストーンズもたぶん固有の場所を言っているのでしょう。しかし、地図の上からは確認することはできませんでした。
ユーダル橋,,Udal Bridge
 Udalというのは、限りなく、Yewdaleに近い感じがしますけど、Yewdale Bridgeというのは存在するのでしょうか?このユーダル橋は、大おばさんが湖のはなまで馬車でいくときに渡る橋、ということになっています。この場面でナンシイが言った、湖のはな、というのは、間違いなく、湖の北端のことでしょう。Yewdale Beckが流れるコニストンには、馬車や車が通ることが出来ると思われる橋がいくつかありますが、この中のどれかの橋を言っているのかもしれません。
ウォーターズミート,Watersmeet
 名前の語感からいって、どこかにモデルがあるような感じがしますが、今のところ、発見できていません。
ヒールド森,,Heald Wood
 ロジャがくるぶしを捻ったとき、近くで若いビリーが働いていた森。ランサムが1940年に購入したコニストン湖の東岸、The Healdという家の近くにHeald Brow,Heald Brow Pastureと呼ばれる森林があります。ここのあたりは、小さい頃からランサムが知っていた地域なので、実際のところ、ここから拝借したのでしょう。しかし、ウィンダミア湖の西岸、Belle Isleの西にあたる地域にもHeald Woodと呼ばれる森が存在します。
ハイストリート,High Street
 ハイムーアを走る、このHigh Streetとは、子供たちがカンチェンジュンガの頂上で、「見える」、と言ったハイストリートとつながっているものでしょうか。それとも、単に荒野の中を走っている道のことを言っているのでしょうか。よくはわかりませんが、ヒツジでも人間でも、ならんで通る幅がない、との記述があるので、もしかすると、荒野の名もない道のことを言っているのかもしれません。しかし、Beacon Tarnの脇を抜け、コニストン湖畔を通ってカンブリア地方を延々と走るCumbria Wayからの支線である可能性もあるような気がします。

       
Swallows, Amazons & D's For Ever !