つかの間のさよなら



転校する日って、何を思うんでしょうね?


「おいっ、転校するってほんとかよ!?」

 南岸藤也(なぎしふじや)は目の前の少年に言った。今にも掴みかかりそうな様子で。

  けれど、その少年は何も言わず、藤也をじっと見た。

「なんか言えよっ。亮(りょう)!」

 だが、佐上(さがみ)亮は何も言わずくるりと後ろを向く。

 ここは二人の高校の屋上だった。下を見れば下校する生徒や部活をする生徒の姿が目立つ。

 ふわりと生暖かい風が吹く。そこで亮は始めて口を開いた。

「転校するってのは本当のことだよ。藤也」

「マジかよ……」

 藤也はがっくしと肩を落とした。

 二人は幼馴染みで親友だった。二人で一人といってもいいくらいにいつも一緒にいた。だが、

「どうにもならないよ。僕はじいさんと二人暮しだし、そのじいさんがあっちに移るって言った以上、

世話をしたりするために僕も移らなければならないからね……」

「そうか……」

 悲しそうに二人は視線を合わせた。

 それから少し、二人は何も言わずにそうしていた。

 しかし突然、

「くっ、はははははは!」

 亮が笑い出した。藤也は目をぱちくりとさせた。

「な……?」

 んだよ一体、と続ける前に亮が答える。

「別に一生合えないってわけでもないんだよ。そんなに深刻そうにすることもないじゃないか」

「そうだけどよ……」

 釈然としないような顔で藤也は返す。

 そうは言っても、もしかしたらずっと合えないかもしれねえじゃないか、と心の中で続けて。

「それとも心配なのかい?」

「俺が? 何をだよ」

 亮はにこっと笑った。

「君が僕を忘れてしまうことと僕が君を忘れてしまうことさ」  

「なっ」

「合えないわけじゃないはずだけどひょっとすると合えなくなるかもしれない。そしたら僕も君も

新しい生活に慣れ、今までのことはただの思い出になり、そして消えていくかもしれない……

 君はそれをおそれているんだろう?」

「そんなわけっ……」

 否定しようとしたが、出来なかった。亮は藤谷が自分でも説明がつかなかった不安を言い当てたのだ。

「……」

 また沈黙が流れる。亮は何も言わず、にこにこと藤也をみるだけだ。

 藤谷が諦めるように口を開いた。

「……そうだよ。俺は、俺やお前がお互いのことを忘れてしまっていくのが怖いんだよ……!」

「うん」

 亮は頷いた。藤也はそんな亮を睨むように見る。

「お前はどうなんだよっ!」

「僕は、怖くない……いや、まったくってわけじゃないけど君ほどはね」

「なっ!」

 藤也は頭を何かで打たれたような思いがした。亮は自分のことをそんなに親しく思っていなかった

というのだろうか……と。

 しかし、

「僕はどうあろうと君を忘れたりしないさ」

 そう亮は言った。

「君はいつまでも僕の幼馴染みで親友さ。僕は君を忘れたりしないよ」

「亮……」

「忘れないってわかってるから僕はそんなに怖くないんだよ……君はどうだい?」

 藤也はぐっと何かを飲みこむように俯いて押し黙った。けれど数秒して、

「……俺も」

 顔を上げた。その顔つきはさっきよりも少し柔らかかった。

「俺も絶対にお前を忘れたりしないさ」

 一瞬の間。暖かい風が拭きぬける。

 亮は満面に笑顔を浮かべて頷いた。

「そっか。それならおっけーさ。二人とも忘れないようにしていれば忘れることなんてないよ」

「そうだな……そうだよな」

 藤也も声をあげて笑った。

 夕暮れの空には一つ、星が綺麗に瞬いていた……






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