夕日が沈んだ土曜の晩の



悲しみが訪れるのはいつだなんて言えませんよね……
だから人は、強くなったフリをして生きていくんですよね……?


 夕日があまりにも綺麗過ぎた。

 さぁ……

 風が彼の頬を撫でた。冷たくはない。嫌でもない。ただ寂しい風が。

「どうしてかなぁ?」

 海を見ながら、独りそこにたたずみながら彼は呟いた。

「なんで……。なんで気付いてやれなかったんだろう?」

 今日、一人の少女が息を引き取った。その娘は彼と付き合って三ヶ月の、良く笑う、明るい少女だった。

 だんだん、彼の視界が霞んできた。

「………」

 へたりと座り込んだ。少し硬い雑草が、ズボンを通して彼をチクリと痛めつけるが、こんなもの痒くもなかった。

 クシャリと自らの髪を掴み、彼はため息をついた。

「なんでなんにも気付かなかったんだろう?」

――僕は気付いてやらなきゃならなかったのに……。

 思い出される。彼女のあの微笑みが。自分に向けていてくれた愛情が。

 だから彼は悔しくなる。

 彼女はいつも彼を励ましてくれていたのに。自分を支えていてくれたのに。

「護ってやろうって……今度は僕があいつを支えてやるって、そう約束したのに……」

 雫が落ちた。彼の頬が濡れる。

「ずっと、ずっと、ずっと……一緒に生きていようって、約束したのに……!」

 彼の手の平からは血が滲んでいる。けれど彼はその手をひたすら強く握った。それが己への罰則であるかのように。

 風が吹いた。海の朱色が彼の瞳に映った。

「あいつが好きだったんだ。あの夕日色……」

――また一緒に見て、一緒に笑いあえると思ったのに。

 そのささやかな、本当にささやかなことすらももはや泡沫の夢なのだ。

――前から、おかしいと思ってたのに。あいつの顔色が悪いってわかってたのに。僕は自分のことを優先した……。

 あの日。彼女が急逝する前日。彼女の身体はもはや処置の仕様がないほどにぼろぼろであった。

 そして、彼女は知っていた。自分の体のことを。だから悔やまれる。

『もう話せなくなっちゃうかもしれない。会えなくなっちゃうかもしれない。私の体。もうだめだから……

 だから、ね。私のことはもう忘れてね。本当に最後の、私のお願いです』

 あの日彼が病院にかけつけた日、彼女が彼に残した手紙にはそう書いてあった。

『私のことはもう忘れてね。本当に最後の、私のお願いです』

「何回目だよ。最後のお願いってさ……」

 いままでにも、何度も使われた彼女の最後のお願い。

 そして手紙に残された彼女のその口癖。

 もう、二度とは聞けない、その口癖。

「……いいんだよ。何回したって良かったのに。なんで、ホントに最後にするんだよっ!」

 悲痛な声だった。あたりには誰もいないせいか、よく響いた。

「忘れられるわけ、ないだろ……」

 呟きが海の波音に流されていった。

 その波音は、寂しさを洗い流すにはあまりにも力なく、静かであった……。





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