ユメオイ 前編
初続き物です。
ひさしぶりにファンタジーに走ったら、全然ダメダメっすね……
羽崎洋一(はざきよういち)は口笛の音を聞いた。
どこかで聞いたことがあるような、でも聞いたことのない曲だった。
何故だろう。彼はその場所へ向かって走りだした。
この曲を奏でる主を見つけださなければならない。そんな気持ちが働いた。
「ふぅ……ふぅ……」
どれだけ走ったのだろう?
彼はようやくその主のもとにたどり着いた。学校の裏庭。木々が風邪に揺らいでいた。
「はぁ……」
途端に曲が止んだ。
「やっと来たようだね」
綺麗な声だった。
顔を見た。平凡……というと誤解を受けるかもしれないが、特に変わったところのない少女だ。
「……君は?」
「知ってるくせに」
クク、と少女は笑った。洋一の頭に疑問符が浮かんだ。
「はぁ?」
「君は私のことを知っているはずだよ。君は『ユメオイ』なのだから」
「……はぁ?」
やはり理解できなかった。病んでいるのだろうか、とつい思ってしまった。
洋一はため息と共に彼女に答えた。
「えぇと、ごめんけど君の言っていることがよく理解できないんだけど……」
その言葉に彼女は驚いたような顔をした。
「……ああ。そうか」
なんとか少女はそうとだけいってかぶりを振った。
洋一は「何が『そうか』なんだ」と言いかけたが、ひとまず少女の次の言葉を待った。
少女が口を開いた。
「どうやら、君は『無理解の個』に侵されているようだから説明させてもらうよ」
「あ、ああ……」
そう返事はしたが、早く帰りたいという気持ちの方が実は強かった。
少ししたら何か理由をつけてとっとと帰ろうと、洋一はそう決心した。
「まずは自己紹介をさせてもらうと、私の名前は獏。夢を喰うと言われるバクだ」
「ああ。そうなんだ」
洋一は適当に答えた。やはり早く病院に連れていくべきだろうかと思いながら。
「そして、君はさっきも言ったけどユメオイという、私のパートナーとなる」
「へぇ。それで?」
「うん。それで、私達の任務は時に人の夢の中に巣くう悪夢、そして人を現実から逃避させるような
快夢 良い夢を払うことなんだ」
洋一は疑問に思った。
「良い夢も払うのか?」
「そうさ」
少女は頷いた。
「少し位なら気分を良くしてくれる、生きていくための糧になる。
けれどそれが度を過ぎてしまったらどうだろう?
人はその夢を見ることだけを生き甲斐とし、現実より夢の世界に依存する」
「それは……いけないことなのか?」
「当たり前じゃないか。
もし醒めない夢の中に居続ければ、人は死んでしまう」
「なんでだよ」
自分が獏の話に聞き入ってしまっていることに気づかず、洋一は尋ねる。
「まずものを口にしなければ死んでしまうし、運動しなければ身体が衰えてしまう。他にも色々だね」
「……起きたときに食えばいいじゃねえか」
「起きないんだよ。完全に依存してしまった人間はね」
「まじかよ……」
信じられない、といった面もちで洋一は少し俯いた。
そして言う。
「でも、そんなこと言われても信じられねえよ。おれがユメオイたって、だからなんだよ?」
「ユメオイはその夢をなかったことにできるんだ」
「はぁ?」
「そんな夢を見たことがない、とその夢の主に思わせるようにする。二度とそんな夢を見ないように
夢の存在を消すことができるんだよ」
「………」
何故か、洋一は知っているような気がした。獏のその説明を。
「そして、ユメオイが時々かかってしまう病がある。それが『無理解の個』……」
「………」
「人は科学で証明できないものは信じられなくなった。昔は妖怪も幽霊も魔法も存在した。
そういっても君は信じられないだろう?」
「……ああ」
「ユメオイになれるのは、そんな今の人間にとっては夢のような話を信じられるような人じゃなければ
いけないんだよ。そして君はそんな人間だった」
「当たり前だろ!? おれは普通の人間なんだからな」
無性に不安になった。やはり自分はこの話を聞いたことがある。
「そう。いかにユメオイだって普通の人間。だから無理解の個に侵されるんだ。
周りの人間が言う。『この世に科学で証明できないものは存在していない』と。
自分一人が存在するといっても、いつかはその考え方は変えられてしまう。
そういうことだよ」
「……!」
一瞬、洋一の頭に奇妙な映像が浮かんだ。
獏の顔。自分の顔。喜びをたたえている。そしてその足下に倒れている……
「くぅ……ぅ!」
「思いだしたかい?」
獏がほら見ろと言わんばかりの顔をして言った。
また何か映像が浮かんだ。
モウ オネガイダカラ
「やめろ!!」
イメージが弾けた。
目の前の少女を睨みつける。
「おれは……おれはそんなことには関係ないんだよ!!」
そして逃げるように走り去った。
残された獏は、落ちてくる落ち葉を掌に乗せながら呟いた。
「君がどういおうと、君はユメオイだよ。その運命はもう定められているんだ……」
その顔は、深い悲哀を秘めていた。
つづく