★タイセツナモノハイツモ なんで、あんなこと言っちゃったんだろう? 私は涙をぬぐった。夕暮れに染まっていく街。公園のブランコに腰掛けて、私は独り後悔していた。 『大嫌い』 思ってもない言葉。絶対に彼を傷つけた。 涙がぽろりと私の目からこぼれおちる。 「……ゴメンネ」 呟く。誰もいないこの場所で。 彼の前ですぐ言えれば良かった。なのに私は逃げ出して……惨めな気持ちで泣いている。 きっかけはホントに些細なこと。 彼とデート中に、彼のクラスメイトの女の子に出会った。彼はその娘と楽しそうに話してて、 私は独り蚊帳の外で……その娘と別れてから彼に言った。 『ああいう子が好きなんでしょ』 なんて、意地悪な言葉。 何を言ってるんだ、って呆れる彼に、私は怒鳴った。 『知ってるもん。だったら、あのこと付き合えば良かったのよ!』 ただの嫉妬。嫌な私……。 『待てよ』と私を引き止めようとする彼の手を振り払い、『大嫌い!』と言った私。 そのときの彼の顔、忘れられない。少し怒ったような、そして哀しそうな瞳。 私はそんな瞳を見るのが耐えられないで、逃げ出した。 なんで、あんなこと言っちゃったんだろう? ぽつりぽつり、雨が降り出した。いつのまにか黒い雲が夕暮れの空を覆い隠していた。 ……まるで私のココロの風景を表してるみたいに。 自嘲するように口元に笑みが浮かんできた。 ……ダメ。 「ダメ、だよぅ……」 涙が雨と一緒に流れていく。キィ、というブランコの音がやけに悲しそうで、サァサァと静かに 降りゆく雨の音が本当に寂しそうで、街にポツポツと点いていく灯りが暖かそうで……胸が痛い。ココロが、痛い。 「寂しいよぅ……」 呟いて後悔した。口にすると孤独感が増した。彼が隣にいない。それがこんなに辛いなんて、思ってもいなかった。 でも、その原因は私。わかってるの。 ただの嫉妬でイタズラに彼を傷つけて、今度はこうやって独りぼっち、自分が傷ついてる……。 「馬鹿、だな。私って……」 呟いた。返事がないのはわかってる……。 なのに、 「ホント、馬鹿だな」 ……え? 私はびっくりした。 さっきのは、私の声じゃなくて……。 「ほら、こんなところにいると風邪ひくぞ」 「あ……」 見上げると、彼が私に降ってくる雨を傘で防ぐようにして立っていた。来て、くれたんだ……。 ぐ、と胸が詰まって言葉が出ない。言いたいこと、言わなきゃいけないことはたくさん、たくさんあるのに……。 「ほら、立てって」 彼がびしょ濡れの私の手を引っ張り挙げる。私はされるがままに立ち上がる。 傘のお礼を言わなきゃ。そう思ってもでてこない。 それよりも謝らなきゃ。それでも、声が出ない。 「……お前な」 「え?」 彼が諭すように言う。 「オレがあんなのに色目使ったりとかするような奴じゃないってわかってるか?」 「……うん」 街中でのことを言ってるのはすぐにわかった。 わかってる。ホントは、彼はいつも私のことを一番に考えてくれる。でも、優しすぎて不安だった。 「わかってるならさ……」 彼は傘の中に私を招き入れて、続ける。 「もっとオレを信じろよ」 「………」 ここで素直に「うん」と言えたらいいのに。自分の意地っ張りさに呆れちゃう。 代りに涙だけが溢れ続ける。ただ、川のように悲しみが流れ出る。 そんな私を、不意に暖かい圧迫感が包み込んだ。傘がふわりと落ちていく。 彼は、私を強く抱きしめていた……。 少し、静かで、雨の音がしない時間が流れた。 よく、わからなかったけど、だけど暖かかった。とても。 「濡れちゃう、よ……?」 ぽつりと、自分の胸の鼓動を感じながら、言った。 彼は何も言わなかった。雨が、しとしとと降っていたけれど、冷たくはなかった。 急に、少し頬を赤らめて、彼は大きな声で叫んだ。 「オレが好きなのは……愛してるのはお前だけなんだよ!」 言葉が、出なかった。びっくりしたっていうよりも……。 「オレはお前じゃなきゃだめなんだよ……」 涙が、冷たい涙が暖かくなっていく。 ココロが痛んで、でも温かさで一杯になる。 私は、 「ゴメン、ナサイ……」 そう謝った。素直に言えた。 「………」 彼はなにも言わずに腕の力を強くする。それから、小さく呟いた。 「……ああ」 私はその温もりにほっとした。安心感が私を包んだ。 同時に、彼の手の震えに気づく。どんなに私を求めていてくれたかに、気づく。 彼はいつでも私のことを考えていてくれた。 彼は私の信じるべき人。 ずっとずっと、愛すべき人。 私も彼をそっと抱きしめた。すぐそばにあるその顔をじっとみつめ、口を耳元に近づけて、 「ありがとう……」 ささやいた。そして自分の唇を、ちょっとだけ、小さく、彼の唇に重ねた。 空が晴れて、奇麗な星空が見えた。 |