第6話
もう二昔くらい前になりますか、
村松友視先生がよく松江にお見えになってた頃、
私どもの店で同行の菅田庵(松平不昧公の茶室、重要文化財)の有沢氏が何かのはずみに自転車であるってるって言ったんですね。
松江人でない村松先生には自転車で歩く?と思ったそうですが、その場はそのままに。
翌日の昼間、市内の繁華街?で偶然お目にかかりました。
その場は会釈だけで通り過ぎたその晩、再度見えたお二方+の中で先生曰く
夕べは不思議な事を聞くと思ってたんだけど、今日マスターの自転車姿を見て、自転車であるってるってどんな事か分かったよっていわれてしまいました。
別に急ぐ訳でもなしと言う風情ののんびりゆったりの自転車乗り姿です。
目下94歳のお袋の言、
1)
70歳台では「あんた達ねえ、何かってえと人を年寄り扱いするけれど、大正生まれか、若いなあって言われてた頃もあるんだよ!」
ごもっとも!!
2)
80歳くらいの頃、「あんた偉そうなこと言ってるけど、算盤で1から10まで足したら55になるって教えたの はあたしだよっ」
うーん、言われてみればその通りだけど、あれは私が算盤を習いだした中一の時、半世紀以上前なんだ。よくまあ覚えてるもんだなあ!
でもその割には三分前の事を忘れてるのになあ。忘却の人ってこうなるのか。
桑原、桑原!
3)
現在、「あんた誰? うーん今は思い出せない! 待ってすぐ思い出 すから。」
この前もそう言ってついに思い出されなかったっけ。
でもしょうがない。
もう70歳になったせがれの私がお袋の後を追っ掛けだしたものねえ。
T女の回顧
そう言えば娘の学校時代、弁当のお菜にやれもっと彩り良くとか毎日うるさくて、ある時何にも種がなかったから庭の紅椿の花を入れてやったんだわ。
返って来て娘が謝ったっけ。
お母さんあれだけは勘弁して、花を取ったらお菜が何も無くて御飯が食べられなかったって。
ミスターO曰く
写真クラブの初心者にあまり遠慮のない指導だったので、
おいおい、厳し過ぎるんじゃないか。あんただって初心の時代はあったろうに自分の時の事も考えて。
と言ったら、 彼曰く、だって自分の時の事など考えたら何も言えないよ。
まあ、そうだけど〜!