「何をあんた言っているの。
何月何日にあんたの着物を
買ってあげた。
何月にお金を十円貸したでしょう。
あ
と半年つとめるのですよ。」
と叱られ又半年。
そして年
期がくれば借金で又半年、
と・し・はとってくるし、
客か
らのチップもままならず、
ほんとうにこの世の地獄で
ありました。
雨がしとしとと降る初夏の夜、 一人で角格子を握って、
部屋から下山稲荷神社の森を見ると、
小さなあ・か・り・が
雑木林の間をチラリ、
チラリと万年ヶ鼻の方へ向かっ
て行くのが見えます。
早く自由になりたい。
あのあかりの彼方へ行きたい。
この苦界から何時逃れることができるか判らない。
外
へ散歩に出るのも、
仲居さん「引き手の婆さん」の同伴が
なければならず、
同僚の女郎仲間の目も光っています。
生きる希望を失った女は、
夜遅くこっそりと、
屋根
を伝って地上に飛び降りました。
長じはんの尻をから
げて、
はだしで、
稲荷神社の階段を必死で駈け上り、
神殿に一礼をして万年ヶ鼻の絶壁へと走りました。
「一寸まて」の碑も見ず、
数十メ|トル下の海へ身をひる
がえし、
波間に消えて行ったのでした。
明治、大正、昭和
の初期まで、
何十人の若い女性が同じ運命をたどった
ことでしょう。
川下遊郭の女郎の地獄話を、
幾度となく古老に聴き
ました。
「狐の誘い火」とでも申せましょうか。
昭和六二年浜田商工会議所青年部発行 「浜田の民話」より
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