季節は巡って、丘の上に再び春がやってきました。風は暖かく、空の柔らかい表情を広 く遠く見ることができます。 春の丘には少年が一人制服姿で寝そべっています。ゆっくりとした深い呼吸で、春の空 気を感じています。 「こら、学校さぼっちゃだめでしょ」 少年が目をあけて声の方をむきます。太陽を背に少女が立っていました。逆光で表情は 良く見えません。 「今日は始業式なのに。先生も飽きれたわよ?」 「そう? こんな良い日はここで寝てるに限るよ。学校なんてめんどくさい」 「もう」 苦笑まじりのため息を一つついて、少女は少年の隣りに座りました。少女は制服ではな く白いワンピースを着ています。 「そういう君は? まだ学校終わる時間じゃないでしょ?」 「うん……そのことなんだけど……ね」 「ん?」 「私……転校するの」 「……そう」 少年はそれだけいうと口を閉ざしてしまいました。少女もうつむいたまま。少しの間、 丘の上は風の通る音だけが流れていました。 「私のお父さんね、日本の色んな所でお仕事してるの。そのせいで私もあちこち転校する ことになって。一箇所にこんな長くいたのは初めてだったんだよ」 「……」 「でも、それもおしまい。また別の場所に行かなくちゃ」 「今度はどこへ?」 「わかんない。なんだか北の方だって言ってた」 「そう……。まぁ、君がどこへ行ったとしても、僕にはたいした問題じゃない」 よっと声をかけて少年が立ちあがります。少女の背に回るように、数歩歩きます。お互 いの表情は見ることはできません。ですが、少女の肩は震えていました。何かを我慢する ように、ふるふると。 「そう……だよね。うん。あなたならそう言うと思ったよ」 肩と同じように、少女の声も震えていました。 「別にこれが永遠の別れじゃないし。僕らは手紙も書けるし電話も出来る。僕と君との接 点は全然なくなってないんだよ」 「……」 「僕らを包む空は世界に広がってる。君が空を見上げてる時、僕だって空を見ているかも しれない。つながりはちゃんとあるんだよ」 「……」 「それにさ……」 そう言うと少年は少女を背中からそっと抱きしめました。やさしく、包み込むように。 声を殺して泣いていた少女は前に回された少年の手を見つめます。 「君のことを好きだと思う僕の気持ちは、それくらいじゃなくならないよ」 「……ん。ありがと」 少年の手を握り、少年の体温を背中に感じて、少女はそっと目を閉じます。涙が一筋、 頬を伝ってこぼれていきましたが、それはきっと今までとは違うものでしょう。 それからしばらく、少年と少女は空を眺めていました。お互いに無言でしたが、しっか りと繋がれた手が、二人に言葉は必要ないことを強く感じさせます。 「さてっと。そろそろ行かなきゃ」 少女が立ちあがり、つられるようにして少年も立ちあがります。少女は手を離し、少年 と向かい合いました。愛らしい顔にはしっかりとした笑顔。 「それじゃ。元気でね。向こうついたら手紙だすから」 「君も元気で」 「もう……最後くらいちゃんと名前で呼んでよ」 「そうか……そうだね」 少女の言葉に少年はうなずきます。そして数歩の距離を縮めると、少女を抱きしめて唇 に自分の唇を軽く触れさせました。 「──。元気で。何年後かわからないけど、またきっと会おう」 もう一度少女を軽く抱きしめると少年は少女から離れます。少女は顔を赤く染めながら も、少年をしっかりと見つめています。 「うんっ」 少女は振りかえり歩き出します。後ろは振りかえりません。少年もその場を動かずに少 女を見送ります。少女の背が小さくなり、やがて見えなくなります。少年はそれを確認す ると、草の上に寝転がり空を見上げます。どこまでも広く広がる空は、今日も青空です。 |