★第1話・月夜のお茶会 空は晴れ、星が見え、月が地上に明かりを灯す、そんな夜。 その少年は立っていました。目の前の椅子に座る十五歳程の少女を見つめて。 少年のちょっと茶色がかった髪は汗で塗れ、息も荒く、急いで走ってきたようです。 「別に、そんなに急いでくることもないでしょうに…… まあ、いいわ。そこに座って」 少年――十二歳前後でしょう――は、その言葉に従い、差し出された椅子に座りました。 その椅子があった場所には先程は何もありませんでした。つまり椅子は突然現れたわけなのですが、少年は特に驚いた様子はありません。 「さてと、今日もいつも通り、始めましょう」 少女がそう言うなり、少女と少年の間には机が現れ、その上には心地良い香りの紅茶やお菓子が置いてあります。少年はやはり驚きません。 少年はそこで初めて口を開きました。 「ふぅ……。君は今日も元気だね」 その声は多少疲れが混ざっています。それが何に対してかはわかりませんが。 「まあね。それが私のとりえだから」 少女はにっこりと笑い、彼女の鴉の濡れ羽色の三つ編みが軽く揺れます。 「ま、いいさ。……今日は何の音楽をかけるんだい?」 少年は立ちあがると空を見上げながら言いました。今日は満月かと少し思いながら。 「今日はドイツの民謡をね」 「へぇ……っても、僕は題名聞いたとしてもわからないだろうけど」 返ってきた答えにぼやき、彼はぼそりと呟きました。 「まぁ、君は物知りだからねぇ。この地上の誰よりも……」 その呟きは突然辺りから流れ出した音楽に乗って消えて行きました。 さあ、楽しいお茶会の始まりです。 |