★仮終話・そしてまた明日 お茶会はそろそろ終わりに近づいてきました。 「そういえば、来た時どうしてあんなに不機嫌だったの?」 少女は言いました。いいながらオレンジ・ペコーを自分のカップに注ぎます。 少年は首をかしげました。 「なんのこと?」 「ほら、お茶会始める前よ。なんか疲れたみたいだったじゃない。ちょっと心が見えたんだけど少しイライラしてたみたいだし」 少女はカップを口に運びます。 「ああ……」 少年は苦々しく頷きました。 「ちょっとね、最近塾や習い事サボってんのがばれてさ。それで、親にいろいろ言われてね。口論になって……。だから『僕はあんた達の道具じゃない』って言って飛びだしてきたから」 少年は少し辛そうに微笑みました。 少女はカップを置きます。その顔は少し困ったような悲しそうな、そんな顔でした。 「そうなんだ……」 少年はそんな少女を見て頭を掻きました。 でも、少年はそんな彼女に微笑みかけました。 「大丈夫だよ」 「え?」 いきなり言った少年の言葉に少女はきょとんとします。 「さっき君に言われたみたいに、僕はもう心に蓋をしたりしない。ちゃんと親に向き合って話してみるよ。自分の心にけじめつけたいから……」 「そう」 少女はにこりと少年に返しました。少年はにっと少女に返しました。 少年は話を続けます。 「僕は今まで周りが自分を別格に捕らえてるんだと思ってた。だけどもしかすると、本当は僕が周りを自分より下に捕らえてたのかもね……。だから僕の接し方を変えてみようと思う。今までしていなかった努力をしてみようと思う。自分が変わる努力を、ね」 少年はそう言うと紅茶をぐいと飲みました。その頬は少し赤らんでいます。恥ずかしいことを言ったと思ったからです。 「ふふっ。そうね、あなたは、変われるわよ。きっと……」 少女は笑いを洩らして言いました。けれど、心の中で何か、冷たいものが光るのを感じました。 「君がそう言うと本当に変われる気がするよ」 「そう、ありがとう」 「お礼を言うのはこっちだよ。君はやっぱり僕の一番の友達だよ」 少女の心がまた少し冷たくなった気がしました。そして考え、気付きました。少女は、焦りを感じたのです。彼が変わったとして、その時にまだ彼は自分の隣りで笑ってくれているのだろうか、ということを……。 「そうね……。ずっと、ずっと友達よ」 だから少女はそう言いました。その言葉に少年が少し顔をしかめたような気がしましたが、そう思った時には元の顔に戻ったので気にしないことにしました。というより、少女は少年が自分の言葉に顔をしかめたとしたら彼は少女を友達でないと考えてる、という考えに至ったで気にしないことにしたのです。 実は彼女の言葉に少年が顔をしかめたのは事実です。ただその理由は少女のだした答えとは違うものでしたが。 そろそろ遅くなってきました。 少年は立ちあがりました。 「ごめん、そろそろ僕は帰るね」 少女も立ちあがりました。その途端にそこにあった机やお茶などが全て泡の様に消えていきました。 「そう……親。と話し合うの頑張ってね」 「なにをどう頑張るんだよ」 「それもそうね」 2人はくすくすと笑いあいました。 「じゃ、またね」 「うん、またね」 少年がたったと走って行きます。少女は彼の背中を見ながら、別れの度に思う切ないような、そんな気持ちをそっと押さえました。 彼女は寝るために月の記憶からコテージを形成しようとしました。その時です、少年が少女の方に振り返って叫びました。 「もし、僕がどうなっても、君のことを淡い思い出になんかしないよっ。僕は! 僕は絶対明日も来るよっ。明後日だって明々後日だって、君が望む限りね!」 少女は動きを止めました。月が光を強めました。少女の中の何かが熱くなります。 「……何言ってるのっ。早く帰らないと怒られるわよっ!」 何を言っていいかわからず彼女はそう叫びました。 少年はそんな彼女に言います。 「なんでもないよっ。ただいいたかったのさっ。じゃあ、また明日!」 少年はそう叫んで、今度は本当に帰っていきました。 「また、明日………」 ぽそっと呟いて少女は小さく手を振りました。彼女の目には暖かい涙が浮かんでいます。どうしてか、それは少女にはわかりませんでしたが。 少しの沈黙。風が柔らかに吹きました。木々が歌うようにざわめきました…… 少女は月を見上げました。そして主人たる月に彼女は呟きました。 「ねえ、マスター。私は、あなたの言いたかったことがわかってきた気がします……。 だけど、まだ帰りたくありません……。せめて、彼が生を全うするまで、私はここにいてもよろしいでしょうか。ねえ、マスター……」 月は何も答えません。ただ輝きで地上を照らすだけです。 それに少女は涙を拭いて笑いました。 その晩、丘に嬉しいような悲しいようなどっちともとれない綺麗な笑い声が木霊しました。月が奇麗に輝いて、星は奇麗に煌いて、風はどこまでも穏やかに流れました。 |