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創作小説置き場デス♪

★第5話・護ること、護られること

 お茶会はまだ続きます。

 踊りの後のお茶の途中。アールグレイとクッキーの香りが鼻をくすぐります。
「ねえ」
「ん? なあに?」
 少年が少女に尋ねました。
「毎日見てるから驚きはしないけど、君の力って一体どうなってるの?」
「え、なに?」
「だから、何もないとこに物をだしたりとか……」
「ああ、これ?」
 合点がいったように少女は言いました。そして答えを返します。
「これはね、私が月に送る地球の記録――まあ、月の記憶っていうんだけど、この中に私がこうしたいって思う事象を代入するの。そしたら代入された事象はそこに存在してたことになるのよ」
「ふ…ん。けど、なんで地球の記録に月が介入できるんだよ」
 少年は納得できないようです。
「地球と月はつながっているの。月は常に地球を見守る役割があるんだけど、地球の寿命までに地球がその生を失いそうになった時のために、この力が許されてるのよ」
 少女は追加して答えます。けれど、少年はそれでも納得していないようです。
「地球も月も生きてるのよ。だから護られたり護ったりすることがあってもいいじゃない。
 あるのが当り前のものがいつまでも当たり前で要るなんて思ったら駄目よ。確かに当り前だから何も思わないかもしれない。けど、ちょっとずつでいいから、当たり前って考えを直していってみて。そうしたら、あなたは今まで当り前だと思っていたものに別の感情が生まれるはずだから……ね?」
「……うん」
 少年はそう言いました。やっぱり納得したわけではないのですが。ここで嫌だと答えたら、少女はどう思うだろう。そう考えたのです
「ちょっとずれた話したかも。私。ごめんね」
「別にいいよ……。確かに、当り前のものが当り前でありつづけるっていうのは傲慢な考え方だって、僕もわかるから……」
「そ」
 少女は彼の言葉ににこりと微笑みかけました。少年は顔を赤くしてふいと顔をそらします。
 そんな少年を少女は不思議そうに見て言いました。
「どうかした?」
「べつに」
「ふーん。まあ、いいけどね」
 そこでアールグレイを一気に飲み干された少年のカップに、今度はダージリンを注ぎながら少女は言いました。
「私はあなたを護ってあげる。じゃあ、あなたは私を護ってくれないかしら?」
「は?」
 少女はくす、と笑いました。
「人はね、護られてるだけじゃ心を強く出来ないんだって。人を護るってこと、それはすごく責任が重くて大変だけど、それでも人を護れるなら、それは心の成長なのよ」
「心の成長……? それはただ、人を護ることで優越感に浸って、護っているとそいつに言って心の余裕を持ちたいだけじゃないの?」
 少年は吐き捨てるように言いました。だって彼は護られていた記憶なんてないのだから。
「そうかもしれない。けどね、でも私はあなたを護りたいと思う。何でかわからないけれど、そう思うの。あなたは人一倍に繊細だから。あなたのガラス細工よりも繊細なその心を護りたいの」
「………」
「それに、あなたは護られているわ。いつでも、生まれた時から、ね」
 少年はその言葉に少しカッとなりました。
「僕は誰にも護られてないっ。両親からだって……」
「ほんとに?」
「そうさ!」
 いつも自分を見栄の道具に利用しようとする親を思い浮かべてそう吐き捨てました。
 けれど少女は静かに言います。
「子供を望まずに産む親はいないわ。ほんとは言い切れないけど、少なくてもあなたはそう」
「なっ。なんで君にそんなことがわかるんだよっ?」
 机をバンと叩いて少年は叫びます。そんな少年をみて少女はにこりと笑いました。
「あなたはとても優しくて、とても繊細だから。それはあなたが愛されていたからよね」
「僕が? まさかっ……」
「じゃあ、どうしてあなたは言い返すたびにそんなに泣きそうな顔をするの?」
 少年は声を返せませんでした。少年の顔は今にも泣きそうでした。それは、少女の言葉を返すたびに強くなっていたのです。
「あなたはどう言ってどう思おうと親が好きなのよ。あなたを利用してるって言うのは……思い込みとは言えないかもしれないけれど、接し方の問題かもしれないわ。あなたはね、たぶん親に甘えてるの。けれど、心が大人に近いからその甘えを情けないものと感じちゃって、親に反発しちゃうのよ。そして、甘えてないって思ってあなたの本当の気持ちに蓋をするのよ」
 風が凪ぎました。草木も歌っていませんでした。
 少年は黙ってその言葉を聞いていました。そんなことないと返そうと思うのに、心の中で少女の言葉を肯定する気持ちが働きます。だから素直に、
「うん、そうだね……」
 と、小さく答えました。
 少女は微笑みでそれに返しました。
 音楽がとても静かな曲に変わります。二人に沈黙が流れます。
 風が流れ、草が海の様に波打ちます。
 少し肩をすくめ、少女がカップに口を近づけました。その時
「僕も……君を護れるようになるよ」
 とぽそりと少年が呟きます。
 少女は驚いたな顔をして、カップを机においてから、ちょっとして、はにかんだ笑いをこぼしました。その笑顔はとても嬉しそうでした。少年はそんな少女に、照れた笑いを向けました。
 幸せな時間が2人の間に流れました。

 そう、お茶会はもう少し続きます。




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