夏になると、丘の上はより一層生命の歌を歌います。緑は深みをまして瑞々しく。風は 熱を帯びて力強く。そして太陽も一心に光を投げかけています。 夏を歌う丘の上の日が沈みそうな夕方でも、少年は相変わらず寝そべっていました。傍 らには少女もいます。今日は休日ですが、丘には二人以外の人影を見ることができません。 「それにしても……どうしてこんな良いところなのにだれもこないの?」 少女が疑問を口にします。少年は閉じていた目を開いて少女の方を向くと、当然のよう な口ぶりで説明しました。 「それはね、ここが田舎で、人が少ないから。僕らだって、学校行くのにバスで1時間も かかる。だれもこの町に魅力を感じてないんだよ」 「でも。こんな良い場所があるのに……」 「それは人それぞれだよ。僕らはここが良い場所だって思う。でも、他の人は違うかもし れない」 「もう、夢がないなぁ」 「そんなものだよ。世の中なんて」 少年がため息を一つついて再び視線を空に。少女はそれをみて面白くなさそうな顔をし ます。そしてふと思いついたように言いました。 「そうだ。明日隣り町の花火大会じゃない?」 「そうだね」 「学校の皆も見に行くって言ってるし……その……」 「ん?」 「……一緒に行かない?」 先ほどとはうって変わって、少女の面持ちは緊張の一文字です。真剣な瞳で少年をみつ めています。少年は空を見上げて、少し考えてから言いました。 「うーん……人が沢山いる場所ってどうも苦手なんだよね」 「そう……そうだよね」 うつむいて、とても残念そうに少女が言います。少年は少女の方に向き直り、言葉を続 けます。 「君は? 明日はだれかと花火を見に行くの?」 「え? ううん。見には行こうと思うけど……」 「そう。ならちょうどいいや。明日の夜ここに来なよ。良いもの見せてあげる」 「良いもの? なに?」 「それは明日のお楽しみ。それじゃ、今日は帰ろうか」 少年が立ちあがります。少女は疑問の表情を浮かべたままでしたが、日が沈んでしまっ たので仕方なく立ちあがります。太陽が沈んだ後は暗くなるのが早いのです。誰もいなく なった丘は、青から紺へと変わった空に抱かれています。天空の星々と共に。 そして次の日の夜。少女が丘の上に来ると、すでに少年が来ていました。ライトをつけ て少女に居場所を知らせます。 「やぁ、よく来たね」 「もう、せっかくの花火大会なのに」 隣り町の一大イベントを見に行けなかったからなのか、少女は少し不機嫌です。今から 行ってもバスの中から見ている間に終わってしまうでしょう。 「まぁまぁ。そろそろ時間だよ。ほら」 少年が指差した方向をみると、ちょうど空に花が咲いた所でした。隣り町で花火大会が はじまったのです。距離が遠いため音までは届きませんが、空を彩る様々な花火はしっか りと見ることが出来ます。 「わぁ。ここだと全体が良く見えるねぇ」 「でしょ? 遠いから小さく見えちゃうけど、僕はここから見る花火が好きなんだ」 「もう、そう言ってくれればよかったのに」 届いてくる音は葉擦れの音と虫の声。それに二人の会話だけ。花火はそんな静かな空間 に色と光を届けてくれます。 「でも、夜店がないのは残念」 「そう言うと思ったよ。夜店は無いけど、紅茶とお菓子ならある」 「ホント? やったぁ!」 かたわらにおいてあったバックから、ポットと沢山のお菓子の袋を出しながら、少年が 少女に言いました。少女が顔を輝かせて少年を手伝います。花火を見ながら、二人だけの お茶会のが始まりです。 お菓子を食べて、暖かい紅茶を飲みます。少し寒い夜風で冷やされた体に、暖かい紅茶 が熱を届けてくれます。二人とも他愛のない会話をしながら、次々と打ち上げられる花火 を見ていました。 「でも、なんでこの町に人が少ないの? 良い所いっぱいあるじゃない」 花火を見ながら、少女がそんなことをいいました。少年は花火から視線をはずさないま まで答えます。 「交通の便がわるい。それに買い物をするにもいまいちだし。今時の人間が住むには暮ら しにくいから」 「なにそれ。そんなおじいちゃんみたいなこと言って」 少女がクスクスと笑います。たいする少年は苦笑。そんな二人を夏の風がなでていきま す。 「あ、そろそろ花火が終わる時間。ねぇ。これからどうするの?」 少女が腕時計に視線を落とし、今の時刻を確認していいました。少年は少し考えてから 言葉を紡ぎます。 「もう少しここにいるよ。君は?」 「私ももう少しここにいる。それに、夜道を女の子一人で帰すつもり?」 「それもそうか」 そからしばらく、少年と少女は夜空を眺めていました。風に揺らされてサワサワと草が 歌います。星空は高く、月が柔らかい光を投げかけます。少年と少女、それに町一番の丘 は、夜の空に抱かれながら、ゆっくりとした時間を過ごします。 |