★第3話・少女 少女が少年に出会ったのは一ヶ月ほど前のことでした。 少女は自我を持った時から地球の様々なことを記憶していました。 歴史や文化など、いろんな情報が頭に入り、少女はその記憶を毎日せっせと月に送りこんでいました。けれど、その作業をすることに何の疑問も持ってはいませんでした。そう、その時は。 ある時から少女は、 魔女狩りを始めとする無意味な殺戮を時々見かけました。 戦争などという欲望に凝り固まった血みどろの戦いを長くに渡り見つづけました。 いじめといったどろどろした感情の渦の結晶を見るようになりました。 どうして人間はこんなに無意味なことが好きなのか、少女は月に尋ねました。 すると、 「人間は弱いんだよ。果てしなく、ね。だから恐れる。だから欲する。 けれど、人間はそれから目を背けたがるのさ。自分だけは必ず純潔であることをどこかで信じている。どんな人間でも正義たろうとする。自分の尺度を変えることはなく、定規の長さを足して長くすることも、折って短くすることも考えはしない。そうでなくてはならないのだよ。 つまりはそういうことさ」 そう、月の答えが返ってきました。 けれど少女はわかりません。納得がいきません。 「もっと詳しく教えて下さい」 だから、少女は毎日そう月にせがみ続けるようになりました。しかし月は、 「わかるまいよ。わかるまいよ。何故ならそれは人間だけではなく、我々にも言えることなのさ。詳しく教えたところで納得はすまい。いや、しようとはすまい」 としか答えてくれません。 少女はそれから悩むようになりました。 「私は人間と同じ……? じゃあ、私も人を殺すようになるの? じゃあ、私も平気で人のことを傷つけて笑えるようになるの?」 そんなのは嫌でした。そしてこんな記憶を月に流すのも嫌になりました。 だから彼女は月に頼みました。 「私は嫌です。人間なんて嫌です。どうか私を人形のようにしてください。感情を消してしまってください。お願いします」 と。記憶を送る仕事はしなくてはならないのですから。けれど月は、 「お前はそう言うが、人間全てがそうではないよ。お前は多少潔癖過ぎるようだね。 地球へ降りて見てきてご覧。いいものがきっと見つかるさ。行っておいで」 「けれど私には仕事があります」 「なに、今のままじゃ仕事にならんだろうし、別に自分で記憶を取り込むことができないわけではない。行っておいで」 そう言われ、しぶしぶと少女は地球へと降りました。 そこは日本と呼ばれる場所でした。黒い髪、黒い瞳で黄色い人がたくさんいる場所でした。 少女は月へ送った記憶を呼び起こして自分の存在をその世界に書きこむと、その町を歩き始めました。 人目につかない丘へ行くと、そこで少女は情報を調べ始めました。 「やっぱり……」 ここでもいろんないさかいがあるようです。うんざりと彼女は呟きました。 毎日毎日調べるうちに、少女は人間に失望していきました。 月は何故人間に肩入れするようなことを言ったのか。不思議でたまりませんでした。 そして、こんな所で独り毎日を情報収集に費やす自分がたまらなく惨めに思えてきました。 そして、そんなどろどろした中でもどうしてか笑いながら、群れて生きることが出来る人間がどこか羨ましく思え、自分はなんて寂しいんだろうと思いました。 ある日、少女は少し遅い時間に丘へと来ました。いつもは昼に来るのですが、文化の知識を深めに町へ繰り出していて遅くなったのです。 そこで彼女はうずくまる人影を見つけました。 「……?」 少女は近づきました。すると、その人影が泣いているということに気がつきました。声を押さえ、静かに泣いていました。 なんで泣いているのかが少女には気になりました。どうしてかはわかりませんが。 迷いました。声をかけるべきか、それとも放っておくべきか。 風が吹きました。彼女の背中を押すように。木々が歌いました。彼女の悩みを打ち消そうとするかのように。そして、月が輝きました。彼女に生まれた気持ちを肯定するように……。 人影が声をあげて泣き始めました。少女は迷うのを止めました。 「どうしてあなたは泣くの?」 彼女は声をかけました。人影がピクリとしました。 その時、人影の心の淵が少女にちらりと見えました。 「何もが嫌いなのね。自分を別格に捉える周囲もそう捉えられる自分も。 そして寂しさが、孤独があなたに空虚な気持ちを生ませるのね」 人影が顔を上げました。それはまだ12歳ほどの少年でした。 そして少女は、寂しさと孤独にさいなまされる、消え入りそうな光を少年に見ました。 そう。少年は独りなのです。少年は他人と笑いあっている周囲の人々が羨ましいのです。 自分にどこか似ている。だから彼女はこう言いました。 「大丈夫。私があなたの友達になってあげる」 あなたに友達になって欲しいの、と言いたかったのですが、多少気恥ずかしくて変えました。 だから手を差し伸べました。彼がこの手を握ってくれることを願って。 「怖がらないで。あなたは独りじゃないんだよ」 彼女は願いを込めて微笑みました。 すると、少年はおずおずとその手を握ってくれました。 この時から少年と少女の絆は生まれました。 これが少女の少年との出会いです。 |